アメッコ市が結んだモノ
「え~、秋田ぁ??」
それが、あたしの第一声だった。
嫌だ。なんか嫌。だって、どーせ『~んだ』とか言うようなど田舎でしょ?
「そうだ。秋田県に転勤だ。引っ越すぞ」
お父さんは、あたしの声を気にすることなく言葉を返して、もくもくと朝ごはんを食べている。
「いいじゃない、秋田県。お米がおいしそう」
お母さんは明るく、トーストの乗ったお皿をコトッとあたしの前に置いた。
「わーい、秋田犬。秋田犬だ」
弟の広樹ははしゃいでるし……。
「灯梨は嫌なのか?秋田」
「……」
お父さんの問いかけに、あたしは口をとがらす。
嫌に決まってるでしょ。ど田舎だよ。ど・い・な・か。
ようやく出た言葉は、
「……コンビニあるの?」
だった。はは、とお父さんもお母さんも笑う。
「お姉ちゃん、あるに決まってるよ。秋田県をバカにしすぎ~」
広樹まで笑ってきた。
「悪かったわね」
ど田舎をバカにして。
*
こうして、朝の会話は終了し、それから数ヶ月後にはあたしたち美園一家は秋田県へと引っ越すことになったのだ。
*
1年後……。
*
「『住めば都』じゃなくて、『住んでみれば都』ね」
「あら。いいことを言うようになったじゃない、灯梨」
「まぁね~」
ずずっと温かいお茶をすすりながら、あたしはこたつでつぶやいた。
秋田県に住み着いてはや1年だ。中学2年生になったあたしは、なんだかんだ言って『秋田ライフ』を楽しんでいた。どーせ、田んぼだらけのど田舎だ、とか思っていたけど案外そうでもない。都市部に住めば、(そりゃ、前の神奈川の街に比べれば人は少ないけど)ふつーの街だった。もちろん、コンビニだっていっぱいある。少し行けば、本物の温泉もあるし、山や田んぼもやっぱりあって、でもそこではホタルが見られて、そう思えばいいところじゃないか、とここに来て正解だったなぁ、なんて思う今日この頃。人だらけビルだらけの息苦しい街より、のびのびとしたここの方がずっといい。
「僕も新しい友達いっぱいでうれしい!秋田弁もおもしろいし」
小学5年生の広樹は相変わらずだ。そうしているうちに、ただいま~、というお父さんの声が聞こえてきた。今日も変わらず、秋田県での一日が終わる。
*
「2月の第2土曜日に、『アメッコ市』に行くぞ」
1月のある夜、お父さんが言い出した。
「あ~、友達が言ってたアレかぁ」
あたしは、友達から聞いた『アメッコ市伝説』を思い出す。アメッコ市とは、古くから伝わる大館市の民俗行事というものらしい。豊作を願い、枝にアメをつけて神前にお供えしたのが始まりで、アメを食べると風邪をひかない……だとか。
「どこどこ?どこであるの、アメッコ」
わくわくとした様子で広樹がたずねる。
「少し北にある大館市だよ」
「へ~。行こうよ、いこうよ!」
「……」
おおはしゃぎしている弟を視界の隅に置いて、あたしはぼーっとしていた。
この寒い中、行くのかぁ~。あー、考えただけでも鼻水がでるわ。
なんとも年頃の乙女らしくないあたしである。
*
「さっむ!」
2月だ。アメッコ市だ。秋田県の冬は神奈川県のものと比べものにならないくらい寒い。みんな、よくこんな中暮らしてるもんだな、と思う。あ、あたしもか。寒空の人混みの中であたしは、ぶつぶつと文句を言いながら震えていた。白い息を吐きながら、広樹はお母さんの手を引っ張り、どんどんどんどん人の波に逆らって走って行く。お父さんは、あたしとゆっくり歩いていた。
「すごい人の多さだなぁ」
「そうだね」
うん。すごい。大人気とはこのことだろう。
「秋田犬のパレードもあるんだよ」
「へ~」
秋田犬か……。そういえば、そんな間近では見たことないなぁ。犬はかわいいよね。秋田犬って、『忠犬ハチ公』だよね。あの話、泣ける。
「人混みすごすぎるから、あたしちょっとはずれていい?」
「いいけど、ちゃんと神殿前には来なさい。スマホには出るんだぞ」
「は~い、了解」
*
お父さんと別れて、あたしは一人ぐいぐいと人混みの中からはい出て、少し人の少ない脇道へと出た。
「寒い……」
人の熱気がないせいで、余計に寒さが増す。とりあえず、神奈川の友達に『アメッコ市だよ~』とでもラインを打とうとスマホを取り出した時だった。
「アキタ。ここがあんたの故郷、秋田県なんやに」
声が聞こえた。ここではめったに聞かない関西弁。女の子の声だ。
あたしは、スマホをポケットにしまい込んで、声の聞こえた方を見渡す。女の子(たぶん高校生くらい)1人とわんこ(秋田犬?)1匹、そして彼女の両親らしき大人たちがこっちに歩いてきている。
あ。女の子と目が合った。
ぺこり。女の子が頭をさげる。どうも、とあたしも頭をさげた。
「今、アメッコ市やってますよね?」
父親らしき男性が言う。うん、発音が関西だ。
「ああ、はい。やってますよ」
それを聞くと、男性も母親らしき人もほっと安心した表情になり、女の子は目を
キラキラさせてわんこにしゃべりかけた。
「アキタ。アメッコ市やて。飴なめると、風邪引かんのやで。アンタの病気もようなるかも」
頭をなでられ、わんこは嬉しそうにしている。
どうやら、この家族はわんこと一緒にご旅行に来たっぽい。それに……。
そうか、このわんこは病気なのか。
よく見れば、わんこは若々しくない。老犬なのかな?
アキタくんはさっきゆっくりと歩いていたけど、毛並みはとてもキレイだった。大切にされているんだなぁ、と思った。ふさふさしてそう……。
「あの、そのわんちゃん触らせてもらえますか?」
あたしは、つい言ってしまった。言ってから、自分の大胆さに驚いて、恥ずかしかったけど、3人ともにっこりと笑ってくれた。
「どうぞ」
おばさんが言ってくれた。
「アキタ。良かったなぁ。かわいい女の子に触ってもらえるで」
『かわいい』という言葉に少し照れながら、あたしはそっとアキタくんを触る。
ふわっ。
『生きている』んだなぁ。しっかりと生きている、そう感じた。
「アキタくん、かわいいですね」
気持ちよさそうにしているアキタくんとあたしを見て、女の子はくすっと笑った。
「ごめんな。アキタは女の子なんよ」
「え!?」
びっくりだ。
「うちが、『秋田犬なんやからアキタや!』って性別関係なしにつけてしもたん」
「そうなんですか」
「おもろいやろ?」
「はい」
あたしも思わす笑ってしまった。そこに、おじさんから声がかかる。
「せっかくやし、写真撮ってもええかな?」
でも、おばさんがとがめる。
「お父さん、この子に失礼やろ」
あたしは失礼とも思わず、むしろ嬉しく思った。
「いえ。写真、大丈夫ですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「すんません」
おばさんは深々と頭をさげ、おじさんは苦笑いしたまま自分のスマホを構えた。
「あ!待って!」
ところが、女の子が叫ぶ。
「うちので撮ってさ!」
ポケットから水色のスマホを取り出して、おじさんに渡した。
「そやな」
おじさんは、それを受け取って今度こそ撮ろうと構える。
女の子とアキタちゃんとあたし。3人(?)が並ぶ。
「いくでー。3、2、1……よっしゃ!撮れた!」
「ちゃんと撮れたぁ??」
「もちろんや。ほれ」
おじさんは女の子にスマホを返す。女の子はアキタちゃんのそばにしゃがんで写真を確認した。あたしも、スマホをのぞかせてもらった。みんなにっこりの写真。いい感じだ。
この写真、あたしも欲しいな……。
「ありがとうな、……。えーと、えーと……」
「灯梨です」
「灯梨ちゃん。うちは光梨やで。名前、似とんなぁ」
いくつ?うちは高校2年生。
えと、あたしは中学2年生です。
今頃、自己紹介する。
「うちらな、三重県から来たん。アキタは病気なんよ。もう……治らんの。秋田犬やから、故郷の秋田県を1回くらいは見せたらんと、て思てさ」
光梨さんは、悲しそうにアキタちゃんの頭を撫でた。おじさんもおばさんも寂しそうな目をしている。けど、アキタちゃんだけは幸せでいっぱいな目だ。
家族に大切にされて、嬉しいんだなぁ。
「灯梨ちゃんはここに住んどるっぽいけど、元々の人やないの?なんか、方言がないゆうか……」
「あ、はい。1年くらい前に神奈川から引っ越してきました」
「そうなんやねー」
あたしに笑顔を向けて、アキタちゃんをなで続けている。その姿がとてもまぶしく見えて、あたしは思い切って言葉をつむいだ。
「あのっ」
「?」
「その写真、あたしにも送って下さい」
「え?……もちろんええけど、ライン交換してしまうに?」
ええの?と気を遣ってくれている。
「はい、お願いします」
なんとなく、このアキタちゃんと光梨さんと繋がっていたいと思ったから。
2人してスマホを向き合わせてライン交換した。光梨さんがすぐに操作して写真を送ってくれる。ポヨーン、という音とともにその写真があたしのスマホにやって来た。
アキタちゃんと光梨さんだ……とあたしも。
嬉しくてにこにこしてしまう。
「ありがとうございます」
「ううん。こちらこそ、ありがとう。アキタもほら。ありがとう、て」
しっぽを振るアキタちゃんを、あたしはもう一度だけ撫でた。
*
お父さんたちと合流するために神殿前に行く。アキタちゃんご家族も一緒だ。さっそく、お父さんがあたしを見つけて声をあげる。
「おっ。灯梨、来たな。……ん?そちらの方々は??」
「すみません。三重から来ました松本といいます。灯梨さんに、道案内してもらいまして。優しいお嬢さんですね。ありがとうございます」
おじさんたちが頭をさげて挨拶をすると、お父さんたちも挨拶を返す。
「それはそれは、遠くから。私は美園と申します。うちの娘がお世話になりまして」
「いやいや」
「いえいえ」
大人は変な挨拶をするなぁ、と見つめていたら、光梨さんがにこっと笑顔を送ってくれたので、ドキッとした。ほんと、キレイなお姉さんだ。
*
8人(?)という大所帯で歩くことになった。前々から秋田犬に興味津々だった広樹は、ふわふわのアキタちゃんのしっぽに夢中だ。
「この木が1番だな」
「ほぉ」
お父さんたちが足を止めて、顔をあげる。あたしたちも見上げた。
飴だ……。
飴が結ばれている木はたくさんあるけど、この木の枝には、特にいっぱい飴が結びつけられていた。
いっぱいだ。いっぱいだ。この数の分、願い事もいっぱいなのかな。
「アキタが元気いっぱいで楽しく過ごせますように」
それらの飴に向かって手を合わせて、光梨さんが祈っていた。
「なりますよーに!」
広樹は大きな声で祈る。
「なりますように……」
みんなで、アキタちゃんの健康を祈った。その瞬間だけ、人々の声は聞こえなくなり、静寂に包まれた。そんな気がした。
*
「ほーら。アキタ、飴やに」
帰り道、市で手に入れた飴を光梨さんは幸せそうにアキタちゃんに見せていた。明日もここに来るのかは知らないけど、今日はこの近くの旅館に泊まるらしく、そこで飴を砕いて食べさせてあげるのだと笑って言っていた。
別れ際、あたしは自分のポケットに2つある飴を掴み、光梨さんに差し出す。
「あの、これ……」
光梨さんは、目を丸くして見つめて言った。
「ええの?灯梨ちゃんのやろ?」
そう、あたしが手に入れたもの。だけど。
「いいんです。アキタちゃんと、それから光梨さんに」
「うちにも?」
「はい」
光梨さんは笑う。
「ありがとう。ほな、灯梨ちゃんにも……」
あたしと同じように、ポケットから飴を取り出して手渡してくれた。
「灯梨ちゃんが風邪引きませんよーに!」
「……ありがとうございます」
とっても温かい手だった。言葉もだ。
こころがぽかぽかになった。
最初は、体中寒かったのに……不思議。
「灯梨ちゃん、元気でな。広樹くんも。みなさんも」
「光梨さんたちもお元気で。アキタちゃん、元気いっぱいでいてね」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました。秋田県、楽しんでください。道中お気をつけて」
バイバイ。
バイバイ。
アキタちゃんはしっぽをゆさゆさ、光梨さんたちと歩いて去って行った。
*
後日、光梨さんからラインが届いた。アキタちゃんとのツーショット写真だった。太陽のようににっかにかの笑顔満点の写真。
『アキタはこれからも元気に頑張って生きます』
そう文字も添えられていた。
*
アメッコ市が結んだ、光梨さんアキタちゃんとの繋がり。これからもずっとずっと繋がっていたい。大切にしたい。
行って、良かったな。
~終わり~
第5回ふるさと秋田文学賞投稿作品です。2018年夏に作成しました。誤った表現などあるかもですが、直さずそのままupしています。