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デザイアカード  作者: 西井あきら
一章 日向の吸血鬼
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八話 戦闘、対コマンダー

 通路を進み、噴水の近くまで来た少女が見たものは黒いモヤに覆い隠されたルカだった。

 異様な光景を前に立ち尽くしているとモヤが少しずつ少年の身体の中に入っていく。

 ルカの全身が見えるようになっても、身体の一部分には残ったままだった。

 両手は肉食動物の前脚のように形を変え、腰の下あたりからは尻尾のようになびいている。頭部には二つの三角が揺らめいていた。まるで狼の耳のようだ。

 異変はルカ自身にも起きていた。普段の穏やかさは完全に消失し、牙を剥き出し対面する彼女を睨みつけている。

 少女は彼を見つめたまま一歩ずつ後退った。だがしかし、背中に何かが当たった事で強制的に意識がそちらに向く。

 本来なら道が続いている筈のそこには見覚えのある結界が━━。

 それに気を取られた彼女めがけて火球が飛んでくる。

 少女はすんでのところで花壇に転がり回避した。けれど休んでいる暇はない。火の球は次から次へと迫ってくる。

 あれに当たればひとたまりもない。彼女は懸命に足を動かした。どんどん奥に追いやられていると知りながらもそうするしか他に手がなかった。

 火球の一つが噴水に直撃し、激しい音を立て瓦礫と化す。

 それを境に攻撃がぴたりと止んだ。

 少女とルカは現在瓦礫を挟んで向かい合う形になっている。

 彼の背後には依然として石畳の上に結界が置かれていた。

 何故攻撃をやめたのかは不明だが、捕らえるなら今がチャンスだと彼女は手元に網を出現させた。

 結界を張りながら瓦礫を飛び越え彼に網を投げつける。手順を把握し早速行動に移そうとしたその時━━━━。

「動くな!」

 その言葉が耳に入った瞬間、身体に異変が起きた。

 足が強力な接着剤で固定されたかのように動かない。

 足だけではない。腕も首も、その位置で固まってしまっている。

 身体の自由が効かなくなった少女のもとにルカがゆっくりと近付いてくる。まるで勝敗はもう決まったとでも言うように。

 事実彼女にはもう成す術がない。逃げる事も防ぐ事も不可能だ。

 唯一動く瞳で彼を見る。ようやくご馳走にありつけるといった感じで舌舐めずりをしていた。

 獣じみた手が小さな肩を掴む。

 そして少年は大きく口を開き、そのまま少女の首に噛み付いた。

「…………?」

 予想外の出来事にルカの思考が止まる。

 牙が通らない。少女の肉体は人体のものとは思えない程に固かった。

 さすがにおかしいと口を離す。それを目にした時、思わず驚愕した。

 自身が捕まえた相手、知人の少女であった筈のそれはいつの間にか球体関節人形に姿を変えていたのだ。

 本物の少女はどこへ行ったのかと辺りを見渡していると突如、何かが少年の口めがけて飛んできた。

 口を覆ってきたのは何の変哲もない、どこにでもありそうな布だ。だがそれはまるで意思を持っているかのようにひとりでに動き、きつく食い込んでくる。

 声を封じられるのは痛手だと、なんとかしてルカは猿轡を取ろうともがいた。しかしびくともしない。それどころか今度は革製のベルトが飛んできて両手に巻き付いてきた。

 手の自由を失った事でバランスを崩し、その場に膝をつく。すかさず脚も拘束された為完全に身動きがとれない状態になってしまった。

 敵はどこだと首を動かす。すると結界の裏から誰か出てきた。

 水色髪の少女、フィアはゆっくりと少年に近付く。

「大丈夫よ、すぐに終わらせるから」

 拘束を解こうと暴れるルカにそう伝えると彼の真下に魔法陣を展開させた。

 空中に魔力吸収に必要な文字を刻み、全て書き終えると移動させる。

 魔法陣はまばゆい光を放ち、ルカから魔力を奪っていく。

 体内に入り込んでいたモヤは一ヶ所に集まるとカードに戻りゆっくりと地面に落ちた。

 正気を取り戻した彼は自身の左手を見た。元通りになったそこには小さな文字が刻まれている。

 彼がアビゲイルに施した、幻術作用のある文字の並び。これによって人形をフィアと思い込んでいたようだ。

 ━━ああそうか。

 保健室で腕を掴まれた時の事を思い出す。おそらくあの時付けられたのだと。

 全て理解したルカは、戦闘による疲労と魔力枯渇と空腹感により意識を沈ませていった。


    ◇◇◇


「ルカくん、一緒にお昼食べない?」

 ━━ごめんね。血以外は食べちゃ駄目って言われてるから……。

「ルカくんはプリン好き?」

 ━━どうだろう……。食べた事ないから分かんないや、ごめんね。

 本当の事は言えないから嘘をついて誤魔化してきた。

 特異体質の事がみんなにばれたら、また閉じ込められてしまうから。

 それだけは避けたかった。せっかく手に入れた自由だ、こうして外に出られたんだから。

 ずっと外の世界に興味があった。

 本でしか見た事がない花を、たくさんの人が暮らす街を、お日様に照らされた世界を見てみたかった。

 実際来てみたら予想以上だった。

 ふわりと香る花の匂いに驚いて、同い年の子と一緒に受ける授業が楽しくて。昇る朝日も沈んでいく夕日も、どちらも綺麗で、感動して━━。

 こんなにも幸せだったのに。

 なんでアビゲイルさんを襲ったんだ。

 なんであそこでデザイア魔法を使ったんだ。

 あんなに楽しかった日々を自分から壊してしまうなんて、僕は本当に馬鹿だ。

 空腹なんて少し我慢すればいいだけなのに。

 暴力もひもじさにも今まで耐えてきたんだから、今更なんて事ない筈なのに。

 辛くなんてない筈なのに━━、なんでこんなにも……。

 泣きたくなってくるんだろう━━━━。

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