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デザイアカード  作者: 西井あきら
一章 日向の吸血鬼
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六話 真相とこれから起こりうる悲劇

 ドアが勢いよく開く音に何事かとパソコン越しの少年は身体を震わせた。

 入ってきたのは何の冗談かこんな変な部活に入部してきた少女と、現在調査中の事件の依頼人。

 見つけましたとフィアは声をあげてアビゲイルの首の後ろを指差す。

 そこにはうっすらと文字が浮かんでいた。

「これは……」

 記憶の引き出しから一致するものを探して、見事発見する。

「間違いない、幻術だ。一定時間対象物を別のモノに見せる効果がある」

 それを聞いたアビゲイルは待ち望んでいたとばかりに瞳を輝かせた。

「フィアさん魔法の解除は……」

「自信ありません」

 なら僕がやろうと言って部長は人形を起き上がらせた。

「文字が見えなくなる前にさっさと済ませてしまおう。少しじっとしててね」

 人形がうなじに手をかざすと、文字が強く発光し始める。そして一つずつパリンと音を立てて消えていった。

 最後の文字が消えた直後、アビゲイルの脳内に何かが流れ込んできた。

 それは魔法によって塗り潰されていた本来の記憶。

 花畑にスマホを向けていた彼女は突如、首を掴まれた事に驚き後ろを見た。

 そこにいたのは━━。

「━━え。なに、これ」

 彼女の口から漏れる戸惑いの言葉。ぐらりと身体が揺れ、その場に座り込む。

 驚いて駆け寄るフィアの声がものすごく遠く感じた。自分が今見ているものが実際に起きたものであるとどうしても信じられない。

 振り返った先にいたのは見知った少年。

「なんで……」

 いつも笑っている口からは鋭い牙が生えており、爛とした赤目は肉食獣を連想させる。

「なんで、ルカくんが……」

 あの日彼女が最後に見たもの、それは━━。

 自身の首にかぶり付く思い人の姿だった。


    ◇◇◇


「失礼しまー……あれ、誰もいないや」

 具合が悪そうなルカに肩を貸してロープは保健室にやってきた。養護教諭は席を外しているようだ。

「ごめんねロープさん、ここまで運んでもらって……」

「いいっていいってこのくらい」

 弱々しい声で礼を言う彼にそう返し、ベッドまで連れていく。

 ルカは腹部を手で押さえたままベッドに腰を下ろした。

「お腹、痛む?」

 その様子を見てロープは声をかける。

 大した事ないよと笑う少年の顔は青白く、呼吸も浅い。どう見ても軽症とは言い難かった。

「少し寝てれば治ると思うから」

 むう、と不服そうに少女はルカを見つめる。

「あまり無理ばっかしていると本当に死んじゃうよお?」

 冗談っぽく口にして立ち去ろうとするとロープさん、と呼び止められた。

「襟に糸くずが付いてるよ」

 取ってあげると言うのでロープは後ろを向いたままじっとする。

「…………はい、取れたよ」

「ありがとー」

 今度こそ去ろうとしたが、聞きたい事があったと思い出し再度足を止めた。

「そういえばルカくんって中学どこだったの?」

「え……?」

 唐突な質問に困惑しているのかしばしの無言。その後ゆっくりと口を開き答えてくれた。

「実は今まで学校に行った事がないんだよ。日光に弱くてずっと家にいたから」

 この国では何かしらの事情で義務教育期間中に学校に通えなかった子供の為に、学力に問題ないと判断されれば進学出来る仕組みになっている。

「勉強は小さい頃から僕の世話をしてくれている人に教わったんだ」

「へえー、そうだったんだ」

 同じ中学の人間に暴行されているのでは、という自分達の考察が外れた事にロープは内心がっかりしつつも、相槌を打った。

 そうなると彼に怪我を負わせたのは誰なのか、彼女は考えを巡らせるが答えは出てこない。

 こういうのはアルマかフィアの方が得意だ。二人に話した方が早いと判断し、ルカにお大事にと言い残すと今度こそ本当に去っていった。


 ロープがいなくなった後、ルカは自身の左手を見つめた。

 そこには数個の文字が。

 結局使わずに終わったそれにふっ、と息を吹きかけると跡形もなく消えていく。

 後に残るのは自分がやろうとした事への罪悪感と、やってしまった事への後悔と、抑えられない空腹感。

 誰もいない保健室で少年は一人、頭を抱えうなだれた。


    ◇◇◇


 コンビニエントクラブの部室は大変重たい空気が流れていた。

 取り乱したアビゲイルを椅子に座らせる。時間が経って落ち着いてきた彼女は訥々と自身が見たものを二人に話した。

「そんな……ルカくんが!?」

 驚きのあまりフィアは目を見開く。にわかに信じられないが、彼女が嘘をつくメリットがないので本当の事なのだろうと飲み込むのに精一杯だ。

「血を吸うなんて、まるで吸血鬼みたいだな……」

 部長の呟きに俯いていたアビゲイルが顔を上げた。

「そういえば、この前ルカくんにお昼一緒に食べない? って誘ったんですけど、その時食欲がないからって断られて……。━━今思えば食欲がないんじゃなくて彼、血しか食べられないんじゃ……」

 彼女が口にする内容を聞いて、フィアも似たような状況を見たと思い出す。ロープにプリンを勧められていた時も、食欲がないからと断っていた。

 話を聞いていた部長が口を開く。

「……たぶん彼は特異体質なんじゃないかな」

 少女二人はその言葉に反応しパソコンの方を向いた。

「肉体改造の後遺症で特定の物しか食べられなくなるっていうものがあるんだけど、彼の場合それが血液なんだと考えられる。……そうなると急いで彼を見つけだした方がいい、また誰か襲われるかもしれない」

「私探してきます」

 フィアが部室を出ようとすると、アビゲイルが勢いよく立ち上がった。

「私も行くわ」

「アビゲイルさん……。無理しない方が」

 好意を寄せていた相手に襲われたとなればかなりショックを受けているだろうと、休んでいてと声をかけるが。

「だーいじょうぶよ! 心配しないで! 切り替えの早さが私の長所なんだから」

 胸を張って高らかに声をあげる姿を見て、彼女の意思を尊重しようと考えを改めた。

 最後に部長が二人に警告する。

「絶対に無茶はしないでね。少しでも様子がおかしいと思ったらその場から離れて、僕か先生にすぐ知らせるんだ。僕も先生に事情を説明したら探しに行くから」

 彼の言葉に頷き、フィアとアビゲイルはルカの捜索を開始した。


    ◇


「とりあえず私は教室にいないか見てくるから、あんたは別のとこ探して」

「分かったわ」

 アビゲイルさんと別れた後、私は部室のすぐ隣にある空き教室に入った。

 ブラウスのポケットからカードを取り出す。

 闇雲に探すよりもこっちの方が早い。それに事態はかなり深刻な状態で、行動次第では彼をより苦しませる結果になるかもしれない。

 カードは黒いカナリアに変化し、私の指にとまった。

 ピィピィと鳴き続けているそれに向かって唱える。

「障壁は取り除き、天災には身を守り、盗人は牢屋に叩き込む。━━災い迫るのなら口を閉ざし、この瞳に示せ」

 言い終わると脳内に映像が流れ込んできた。

 最初に視えたものは保健室を飛び出す彼。次に視えたものは庭園。噴水は壊れ、花壇は荒らされている。その中にいた彼はしゃがみ込んで泣いていた。

 その傍らで誰かが倒れている。首元から大量の血を流しているその少女は髪が水色……ああ、これは私か。

 動かない私を見て、ルカくんはずっと泣いている。ごめんなさい、ごめんなさいと、ずっとずっと謝り続けていた。

 大丈夫、安心して。誰も悲しませる結果にはさせないから。

 そう心に呟くとカナリアをカードに戻し、私は教室を出ていった。

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