四話 化け物を捕まえて!
今日も誘ってみる事にした。
さすがに三日連続はしつこいだろうか。これで駄目だったらもう諦めよう。
でも今朝のあれで嫌われていない事は分かった。
昨日倒れた私を心配して真っ先に声をかけてくれたのだ。やっぱり彼は優しい。
大丈夫? という声に平気よと返せば、彼はほっとした表情を見せた。
……ただ、その後一瞬。
私の誘いを断る時と同じ顔をしていたような気がした━━。
◇◇◇
昨日はちょっとした騒ぎになったが、一夜明ければ生徒達は皆いつもの調子に戻っていた。所詮他人事だというのもあるが、倒れた理由が貧血だというのが大きな要因だろう。
そして時間は流れ午後、昼休みが終わり五限目。一年A組では歴史の授業が行われていた。
「中世の時代の魔法使いはより強い力を求め、自身の肉体を改造するという手段をとった。より魔力を扱いやすい身体にする為に。結果一部の魔法使いは見事成功し強大な力を手に入れた」
昼食を食べた後の授業は睡魔との戦いだ。ロープは手をつねりなんとか耐えようとしていた。
けれど担当教師である老齢の男性の、低くゆったりとした喋りが眠気を助長してくる。
「しかしそれと同時に大きな副作用が彼らを苦しませる。身体の一部が変化したり、望んでいない能力が宿ったり、特定の物しか食べられなくなったりと様々だ。これらの特異体質で厄介なのが子孫にも受け継がれる可能性があるという事で━━」
いつしか抵抗を忘れ、ロープは夢の世界へと旅立った。
◇◇◇
更に時間は流れ放課後。部活動に精を出す上級生と、それを見学する一年生で学園内は賑わっている。
そんな中、一人険しい顔をしている人物が。
桃色のツインテールを揺らしながらずんずんと進み、辿り着いたのはコンビニエントクラブの部室。
乱暴にドアをノックするとどうぞ、と少女の声が返ってきた。
「失礼します!」
ドアを開けた先は部室というよりも物置と言った方がしっくりくる場所だった。
棚に乱雑に置かれたファイル、ダンボール。奥の人形は関節を曲げた状態でぐったりとしている。
その手前に、先程の声の主がいた。
瞳と髪が水色のおとなしげな少女。彼女はこの人物に見覚えがあった。
一昨日あやうくぶつかりそうになった隣のクラスの生徒だ。
「見学ですか? ご依頼ですか?」
唐突に聞かれた質問に戸惑いつつも依頼だと答えると、相手は丸椅子を机の前に置いた。
そこに腰かけると、パソコンから男の声が聞こえてくる。
「えーっと、とりあえず学年と名前を聞かせてください」
突然聞こえてきたここにはいない人物の声に驚きながらも彼女はその言葉に従った。
「一年B組のアビゲイル・カーペンターです」
少女の言葉を書き記しているのか、スピーカーからカリカリと音がする。
「今日はどういったご用件で?」
「それがですね。その……」
しばしの無言、その後意を決したようにアビゲイルは口を開いた。
「わ、私を襲った化け物を捕まえて欲しいんです!」
「…………はい?」
先程よりも長い沈黙の後、パソコンから間の抜けた声が響く。
こんな反応をされるのは分かりきっていた事だ、めげるな私と自分に言い聞かせながら、アビゲイルは事情を説明した。
「昨日の昼休み庭園に行ったんですよ。肌寒かったからか人は全然いなくて、独り占め出来てラッキー! なんて思いながら花を眺めていたんです。そしたら突然首の後ろを掴まれて、振り返ってたら見た事もない生き物がいたんですよ! 全身黒くて二足歩行で口からは鋭い牙が生えていて……」
「その化け物に襲われたと?」
少年の言葉にそうです! と彼女は声をあげる。
「途中で気を失ったから実際何をされたか分かんないし、目立った傷もないけど、あんなの放っておいたら大変な事になるわ! それなのに先生に話しても信じてくれないし、クラスのみんなからも馬鹿にされるしで……。このままおかしな奴だって思われたままは嫌なの! だからお願い、そいつを捕まえて私の言った事が真実だって証明して!」
パソコンに向かって懇願するアビゲイルに部長は落ち着いて、と声をかけた。
「えーと、現場の魔力濃度は確認してもらったの?」
「へ? あ、はい。数値は平均よりやや高いくらいで、魔物を喚び出したにしては低くすぎると言われました」
魔法を使用した際には一定時間魔力が周囲に残る。その量を調べる事によってどのような魔法を使ったのかおおまかに知る事が出来るのだ。
「召喚術を使った痕跡はなかった、と。そうなると君の見たものが実在してた可能性は低い。……これはあくまで憶測なんだけど誰かが君に幻術をかけたんじゃないかな」
「幻術?」
「うん。そっちの方が魔力コストがかからないからね。なんにせよ一回庭園を調べてみよう。何か分かるかもしれない。……という訳でフィアさんちょっと見てきて」
分かりましたと頷いてフィアが部室を出ようとすると、アビゲイルが自分も行くと言った為二人で一緒に向かう事にした。
「庭園に来たのは大体いつ頃?」
道中フィアはアビゲイルに尋ねた。
「えっと、確か昼休みが終わる十分前くらいだったかな。写真を撮りたくて」
「花、好きなの?」
「んー、それもあるけど。うちのクラスにここの庭園が好きでよく遊びにいっている子がいるんだけど、その子日光に弱い体質だから長居出来ないってがっかりしてて。その……、写真撮って見せれば喜んでくれるかなーって思ったから」
「優しいのね」
フィアがそう言って微笑むと、彼女は顔を赤くした。
話している内に庭園に到着。夕日に染まった空の下、昼間とはまた違った仄暗い美しさを見せる。
「倒れたのはどの辺り?」
「確かこっち……」
円形の石畳を時計回りに少し歩いたところで立ち止まる。
「それじゃあ始めましょう」
自身のスマホをアビゲイルに預けると、フィアは地面に手をかざし魔力を放出させた。
数秒後、彼女の前に魔法陣が淡く浮かび上がる。
「あ、あった! って何これ!?」
アビゲイルはそれを見て驚愕した。三重の丸で構成されたその魔法陣には文字がびっしりと刻まれていたのだ。
「すごい量ね……」
撮影した写真を見てフィアも戸惑っている。
アビゲイルからスマホを受け取ると部長に送信した。
そのすぐ後に返信が。内容は分析に時間がかかりそうだからその間に聞き込みをしてきてほしいというものだった。
「調べてる間聞き込みをしてほしいって言ってるけど、アビゲイルさんはどうする?」
「もちろん同行するわ」
「分かった。それじゃあ行きましょうか」
◇
二人は庭園を後にすると、とりあえず第一発見者を見つけようと職員室を訪れた。
丁度シャノンがいたので早速聞いてみる。
「カーペンターを最初に見つけたのは誰かって? 確かフローレス先生だったような……。そこの机にいるぞ」
彼女が指差した先には白衣と眼鏡を身につけた女性が。礼を言ってそちらへ向かう。
「フローレス先生」
「はーい、どうしましたあ?」
間延びした返事をしてその人物は二人の方に向く。フィアは事情を説明した。
「彼女を見つけた時に怪しい人物やおかしな物を見ませんでしたか?」
「うーん……。あの時は気が動転しててあまり周りをよく見てなくて……。ごめんなさいねお役に立てなくて」
謝るフローレスに気にしないでくださいと二人は言った。
「ところで、庭園には何か用事があって来たんですか? それとも景色を楽しみに?」
アビゲイルの質問にフローレスははて、と考える。
「あれー? そういえばなんで庭園に行ったんだっけ。…………ああ! 思い出した、確か珍しい植物が生えてるって生徒から聞いてきたんだった!」
それを聞いたフィアがすかさず口を開く。
「その生徒ってどなたですか?」
「えーっと、一年生の……ごめんまだ全員の名前覚えてなくて」
「いえ、学年が分かっただけでもありがたいです。お時間いただきありがとうございました」
これ以上の情報は出ないと判断したフィアはここで切り上げる事にした。
「絶っ対にその一年生が怪しいと思うの! 珍しい植物なんて明らかに嘘じゃない!」
職員室を出て部室に戻る最中、アビゲイルが声をあげる。
「そうね。まだ犯人とは断定出来ないけど、話を聞いてみる価値はあると思うわ。問題はどうやって見つけるかだけど」
今年の一年生は全部で九十人いる。その中から特定の一人を見つけるのは難しいだろう。
「とりあえず一旦部室に戻って━━」
着信に気付きフィアは会話を止めた。確認すると部長からのメールだった。
「今日中に終わりそうにないから明日まで待ってほしいって」
「そっか。じゃあ今日はもう帰るわ。何か分かったら教えてね」
ひらひらと手を振るアビゲイルの背中を見送った後、フィアは一人部室を目指して歩き出した。
「全然ダメ。見た事ない文字の並びだし、似たようなの探しても全く出てこないんだよ」
部室に戻るなりフィアは進捗を聞いてみたが、予想以上に苦戦しているようだ。
魔法陣は簡単に解読出来ないよう━━初めの文字がどこか分かりづらくする為に円形になっている。付け加え通常の倍以上の文字数。時間がかかるのも無理はない。
フィアも不慣れながらも調べてみるが、結局何も分からないまま部活終了時間となった。
「それじゃあ消灯と戸締まりよろしくね」
ガサゴソとスピーカーから帰り支度をする音が聞こえてくる。
「部長って普段どこにいるんですか?」
「いや言う訳ないでしょ。言ったら絶対来るでしょ君」
余程居場所を知られたくないのか早口だった。
「そうですね」
フィアが入部したのは昨日からだ。入部届けを出した時、パソコン越しでも分かる程彼は狼狽えていた。
そして未だ顔どころか名前すら教えてくれない。
◇◇◇
戸締まりをして、鍵を職員室に返した後玄関に向かった。
外は雨が降っている。ザアザアという雨音に紛れて時折ゴロゴロと雷の音が聞こえてきた。
これ以上天気が悪化する前に早く帰ろうと、傘立てから傘を取る。その際に視界の隅に見知った人物が映った。
少年は壁に寄りかかりガラス越しに外を見ている。
「ルカくん」
声をかけるとゆっくりとこちらを向いた。
「お迎えを待ってるの?」
近寄りながら尋ねると相手はうんと頷く。
「フィアさんは今から帰り?」
「ええ、部活か終わったから」
「部活もう決めたんだね。どこにしたの?」
フィアはコンビニエントクラブだと答えた。
「ルカくんはまだ考え中?」
「あ、いや。僕は元々部活に入る気はなくて、この間も本当にただ見学に来ただけというか……」
頬をかく右手には今も中指と薬指に包帯が巻かれている。剥がれた爪が一日二日で治る訳がないのでそこは別に不思議に思わない。
気になったのはその下。袖口から微かに覗く手首に昨日までなかった痣が出来ていた。
フィアの視線に気付いたのか、ルカは慌てて手を引っ込める。
「……ひどい事をする人がいたものね」
「ち、違うよ。全部あの人を怒らせた僕が━━っ」
言い終わる前に両手で口を塞いだ。顔は青ざめてひどく動揺しているのが分かる。
「誰がやったかは教えてくれないの?」
一歩近付き、少女は俯く彼の顔を覗き込んだ。
「お願い……、今のは聞かなかった事にして」
今にも泣きそうな声。それを聞いたフィアは苦しげに眉を下げた。
「出来ないわ。誰かが傷付く姿はあまり見たくないの」
「大丈夫だよ、心配しないで。僕は人より傷の治りが早いから」
言いながら顔を上げて笑いかける。とても辛そうに、明らかに無理しているのが見てとれた。フィアの胸がよりいっそう締め付けられる。
と、ここで一台の車が校門から入ってきた。
「迎えが来たから、もう行かないと」
いつの間にか空は先程よりも荒れていた。滝のような雨とともに轟音が響き渡る。
待ってと追いかけようとした足が、突然の目眩によって止まる。
脳内に映し出されたのはいつぞやの夢の続き。液体を啜る音がするその場所に近付いてカーテンをめくる。ベッドは所々赤く染まっていた。
そして、そこにいたのは━━━━。