二話 コンビニエントクラブ
午後の授業も滞りなく終わり、空がすっかりと橙色に染まった放課後。
今日から四日間、部活見学という事で一年生達はホームルームが終わるとすぐさま興味がある部活へと足を運んでいった。
フィアもその一人でロープと一緒に階段を登っている。
「えーと、家庭科室は……。あ、あった!」
三階にある家庭科室は料理研究部の活動場所だ。
廊下にいる時点で食欲をそそる薫りが。進むごとに強くなっていく。
到着しドアを開けると、熱気とともに一段と濃くなった薫りが鼻を刺激した。
「いらっしゃい。よく来たね」
二人のもとに緑のショートヘアの女子生徒が話しかけてくる。
「私はこの料理研究部の部長のノエル・ツリーだよ。研究部って言ってもただそれぞれ好きな物作ってみんなで食べるだけなんだけどね。出来上がった料理は好きに食べていっていいから」
最後に楽しんでいってね、と言うと別の一年生のもとへ向かっていった。
「すごーい! 色んな料理があるよ!」
端に並べられた机を見てロープは目を輝かせた。種類は本当に様々で、サラダからスープ類、肉料理にスイーツもある。
「お姉ちゃんも来ればよかったのに」
ケーキを頬張りながら彼女は呟いた。
ちなみにアルマは現在運動系の部活を回っている。
中央にある六つのキッチンでは部員達が今もなお料理に勤しんでいた。
規則的な包丁の音、手際よく食材を調理する光景は見ていて気持ちがいい。
「そんな所で突っ立ってないでおいでよ!」
廊下からノエルの声が聞こえてきた。誰かの手を引いて入ってくる。
彼女に連れられてやってきたのはルカだった。
ロープが手を振ると、微笑んで振り返す。
「君達も来てたんだね。あれ、もう一人の子は?」
二人のもとに駆け寄ってきた彼はアルマの姿が見えない事に気付き尋ねてきた。別の場所に行っているとフィアが言うと納得したようだ。
「ところで、その怪我はどうしたの?」
今度は彼女がルカに聞いてきた。相手は笑いながら答える。
「これ? ちょっとよそ見してたらぶつかっちゃって」
「……そう。気を付けた方がいいわ、傷が残ったりしたら大変よ?」
「そーだよ、せっかく綺麗な顔してるんだからさ」
会話に入ってきたロープの言葉にルカは面食らった。
「綺麗……?」
「うん、モデルさんみたいだよ! ねえフィア?」
フィアは頷いて同意する。
本人に自覚はないようだが中性的な顔立ちはとても整っていて、男女問わず見惚れてしまいそうなくらいだ。
二人に褒められたルカは顔を真っ赤に染め上げる。可愛らしいその反応に思わず笑みが零れた。
会話が終わるとロープが彼にプリンの乗った皿を差し出してきた。
「ルカくんはプリン好き?」
皿の上でふるふると美味しそうに揺れるプリン。それを見たルカは困ったような顔を浮かべる。
「えっと……。ごめん今お腹空いていないから。代わりにロープさんが食べて」
「えー! せっかく来たんだし一口くらい食べていきなよー」
スプーンですくって彼の前に出すが結果は変わらず。相手は力なく笑って再度謝ると、家庭科室から立ち去っていった。
「行っちゃった……」
しょんぼりとしながらロープは口にスプーンを運ぶ。
「仕方ないわよ。食欲がない時に無理に食べさせる訳にもいかないわ。ルカくんの分まで私達が楽しみましょ」
フィアの言葉に、今度は顔を明るくしては頷いた。
◇
料理研究部を去った後、二人は色々な部活を見て回りながら一階まで降りてアルマと合流した。
次はどこへ行こうかとやりとりをしながら歩いているとフィアが急に立ち止まる。
「気になるものでもあったか?」
彼女の視線の先には一つのドア。アルマはその上にあるプレートの文字を読んだ。
「コンビニエントクラブ……?」
事前に配られた部活一覧表を確認する。文化部の項目の一番下に書かれていた。
「何をする所なんだ?」
「入ってみようよ!」
ロープがノックをすると中からどうぞ、と低い声が返ってくる。
そこは部室というよりも物置と言った方がしっくりくる場所だった。
左側にある棚にはダンボールやらファイルやらが乱雑に置かれており、奥には等身大の球体関節人形が数体転がっている。
その隣にある机には、パソコンが開かれた状態で置かれていた。画面には「C」という文字だけが表示されている。
「あれ? 誰もいない……」
部屋をぐるりと見回すが人の姿が見えない。
「ここだよ、ここ」
三人がきょろきょろと首を動かしていると先程と同じ声がパソコンから聞こえてきた。どうやら相手は別の場所にいるようだ。
「あなたが部長さんですか?」
フィアの質問に相手は少しどもりながらそうだと答える。
「ここってどういう部活なんでしょうか?」
「えーっと……、簡単に言えばなんでも屋だよ。行事の時に椅子並べたり、ゴミ拾いしたり。後は生徒の悩みを解決したりとか」
「ねえねえ、なんで顔見せないの?」
会話中、ロープはずっとダンボールの中を漁っていた。
「そ、それは見られたくないから……ってちょっと勝手にいじらないで!」
「おお、この中もお人形だ」
ロープが手にしているそれは床に置かれている物より一回り小さい球体関節人形だ。
「だめよロープ、勝手に触っては」
フィアに注意されるとはーい、と言いながら元の場所へ戻す。その間にアルマが口を開いた。
「他に部員はいないんですか?」
「う、うん。僕しかいないよ。こんなところに入りたいなんて物好きそうそういないし」
「部長さん一人でやってんの? 大変そうだね」
ロープの言葉にそうでもないよ、と彼は返す。
「人形があるからそこまで苦労はしてないよ」
彼が言い終わるのと同時に、部屋に置かれた人形の一つがひとりでに立ち上がった。
そして一歩前に出て三人に向かってお辞儀をする。
体長百七十センチ程ある人形を魔力のみで動かすのは中々容易ではない。にも関わらず目の前のそれの動作は本物の人間さながらの滑らかさだった。
思わず三人は感嘆の声をあげる。
「部長さんもしかしてすごい人?」
「そ、それほどでもあるかなあー?」
少年が今どんな顔をしているのかは見えないが、頭を掻く人形の素振りからしてたぶん照れているのだろうと少女達は思った。
と、ここで部活終了を告げるチャイムが鳴る。帰宅時間だ。
「見学させていただきありがとうございました」
礼を言って三人は退出した。
「はあー、お腹空いたあ。今日のお夕飯何かなー?」
「さっきあれだけ食べたのに」
腹をさするロープを見てフィアはくすりと笑う。
「ビーフシチューって朝母さんが言ってたぞ」
「ほんと!? やったあ!」
自身の好物が出ると知ってロープは大いに喜んだ。
その後も雑談をしながら歩いていく。そして昨日と同じように坂を下りたところでまた明日、と言ってフィアと双子は別方向に進んでいった。
◇◇◇
カチコチと鳴る時計の音がお腹に響く。空腹はとっくに限界を超えているが、叔父が帰ってくるまで我慢しなければならない。
もう少し、もう少しの辛抱だ。ベッドにうずくまり自分に言い聞かせる。
それに反発するように腹の虫は大きな声をあげた。
胃の中が空っぽだと意識させられる度に、凶暴な感情が湧き上がる。
今までこんな事はなかったのに、カラスの鳴き声にさえひどく苛立つ。
お腹が空いた。
もう限界だ。
今すぐアレが欲しい。
たとえどんな手を使ってでも━━。
そう思った瞬間、僕は咄嗟にデザイアカードを手に取った。
一体何を考えているんだと自分を責めながらカードを見る。
オオカミの絵が描かれた面の裏は四分の三程黒く変色していた。
大丈夫だ。あと一回使える。これで少しは楽になれる。
少しほっとして僕はそれに向かって魔力を流す。カードはオオカミの姿に変身した。
呪文を唱え、飢えを消してくれと願えば叶えてくれる。
一時的にお腹が満たされた事に安堵し、側に寄ってきたオオカミの頭を撫でた。