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デザイアカード  作者: 西井あきら
一章 日向の吸血鬼
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一話 日傘の少年

 ぐうっと鳴るお腹を手で押さえながら、足元に咲く花を数えていた。そうすれば空腹感が紛れると思って。

 だけどそんな僕の思惑を嘲笑うかのようにお腹は鳴り続ける。

 百を超えたあたりで無駄な努力だと悟り、素直に景色を楽しむ事にした。

 小さな花が風に揺れる姿は大変可愛いらしい。

 カエデの葉は今はまだ青いが、秋になれば紅く染まりまた違う表情を見せてくれるだろう。

 それからどれ程の時間が経っただろうか。いつの間にか僕以外にも人がいた。

 鈴を転がすような声がする方に身体を向けると、三人の女の子がこちらを見ていた。

 彼女達にこんにちは、と挨拶をする。

 お腹の音を隠そうとしたせいか、少し声が大きくなった。


    ◇


「こんにちはー!」

 少年の挨拶に元気よく返すロープ。

「君も新入生か?」

 アルマの言葉に相手はうん、と頷いた。

「一年B組のルカ・スフィアだよ」

 名乗りながら彼は風になびく銀髪に触れる。毛先をいじるその左手に少女達の視線が集まった。

「手、怪我してる」

 フィアがぽつりと呟く。

 手の甲に親指の付け根から小指の付け根にかけてある大きな切り傷が、三人の注意を引いた原因だ。

「今朝転んだ時に出来ちゃったみたいで」

 ばつが悪そうに口にしながらルカは傷口を撫でた。

 だいぶ時間が経ったからか、血は固まり触れても指に付く事はない。

「絆創膏あるけど、使う?」

「え、いいの?」

 もちろん、とフィアは鞄から大きいサイズの絆創膏を取り出した。

「手、出して」

 ルカは言われた通りに左手を彼女の前に出す。

 一目見た時から細いと感じていたが、こうして直に触れると予想以上に肉がないとフィアは感じた。

 色白なのも相まってまるで骨のようだ。

 じろじろと見続けるのも失礼だと思い手際よく絆創膏を貼る。

 ありがとう、と嬉しそうに礼を言うルカ。

 と、ここでざあっと一際強い風が吹き四人を震えさせた。

「そろそろ帰るか。これ以上は風邪を引きそうだ」

 まだ寒さが残る今日(こんにち)。長居はよろしくないと判断したアルマの言葉に他の三人は同意し庭園を後にした。


「そういえばまだ君達の名前を聞いていなかったね」

 校門を目指す道中、歩きながらルカは教えて欲しいと口にする。

「私はアルマ・フレイムだ。そしてこっちが妹の━━」

「ロープだよー」

 フレイム姉妹に次いでフィアも自己紹介をした。

「フィア・ジェムティアーズよ。ルカくんはこの近くに住んでるの?」

「うん。実家は隣町なんだけど、おじさんの家がここから近くてね。今はそこに住まわせてもらってるんだ」

「あら偶然ね。私も今は叔父と一緒に暮らしているのよ」

「へえー、そうなんだね」

 経緯としてはルカと同じだ。実家が学園から遠い為、近くのマンションに住んでいるカインのもとで生活する事となったのだ。

 話している内に校門が見えてきた。

「迎えの車が来てるから僕はここで。また明日ね!」

 駐車場へ駆けていくルカを三人は見送り、その後校門を出る。

 緩くカーブした坂に差しかかった所でロープが溜息混じりに呟いた。

「はあー……、私達も親戚が学園の近くに住んでればわざわざ電車を使わずに済んだのになあ」

 朝のラッシュ時の混み具合を思い出しげんなりとする。

 じきに慣れるさ、とアルマが言うが憂鬱な気持ちが消える事はない。

 坂を下り終えた。三人一緒の帰り道はここまで。

「じゃあな、また明日」

「またねー」

 双子と別れフィアは一人帰路につく。

 一気に賑やかさがなくなり、車の走行音が耳につき始めた。

 見上げた空には一羽のカラスが飛んでいる。

 ぼんやりと眺めていると突如、煙のようにぐにゃりと歪んだ。驚き目をこすってもう一度その場所を見てみるが、そこには既に黒い鳥の姿はない。

 どうやらまだ本調子ではないようだ、叔父に言われた通り今日は早く休もう。そう思いながらフィアは少し歩くスピードを上げた。


    ◇◇◇


 入学式の翌日。昨日と同じように天気はいいが風は冷たい。

 フィアの高校生活最初の授業は魔力学だった。

「まずは基礎知識のおさらいからだ」

 スクリーンに表示された画像を見せながら、シャノンは話し始める。

「我々魔法使いは体内に溜まった魔力を使用することで魔法を発現させている。消費する魔力が多ければ多い程、身体への負担は大きくなっていく。詠唱やルーンを用いる事で魔力の消費を少なくする事が可能。ここまではみんな知っているな? それでは本題に入ろう」

 切り替わった画面上には、様々な魔法がイラスト付きで表示されていた。

 四大元素魔法を示す火、水、土、風。ルーンを示す魔法陣。錬金術を示す大釜。召喚術を示す三つの頭の獣。そして一番右端にはカードのイラストが表示されている。

「魔法には様々な種類があるが、その中で最も魔力消費量が多いのはどれだと思う?」

 突然の質問に対し数名が手を挙げる。シャノンは手前にいる男子生徒を指名した。

「デザイア魔法です」

 彼に正解だと伝えると説明を再開する。

「お前達の歳じゃまだ持っている人数の方が少ないからあまり馴染みはないかもしれないが、名前は聞いた事あるだろう? デザイア魔法とは発動者の願望を具現化するという代物だ。所持の証として、デザイアの化身と呼ばれる動物の形をした黒い影が現れる」

 シャノンはポケットから一枚のカードを取りだした。片面には黒いネコの絵が描いてあり、その裏側は白い。

 魔力を流すとカードは一匹のネコに姿を変える。瞳はなく、全身真っ黒だ。

「化身に魔力を与える事で能力を使用出来るんだ。望みを叶える為の力が手に入るのは実に魅力的だが、強力な力を使うにはそれなりのリスクがつきものだ。短期間で大量の魔力を与えると化身が暴走し、所有者に取り憑き周囲に攻撃をしてくる。こうなってしまった場合、最悪死に至る」

 そこまで話すとまた画面を操作した。カードのイラストが拡大されていく。

「それを避けるにはカードできちんと管理する事が必要だ。デザイアカードは能力を使用するとこのように黒く変色する」

 シャノンの言葉に合わせるように、スクリーン上のカードの下部分が黒ずんでいった。

「全体が黒くなった状態で更に使い続けると化身が暴走する。だからこの魔法を使う時は細心の注意を払うように」

 その後も彼女の話は続く。フィアはこっそりと自身のデザイアカードを見た。

 黒いカナリアが描かれた面の裏はシミ一つない程に真っ白だ。

 それを確認すると再び授業に集中した。


    ◇◇◇


 午前の授業が全て終わり昼休み。

 フィア、アルマ、ロープの三人は購買部へ行く為に席を立った。

「超ロングエクレアってのがあるらしいよ。一メートルくらいのやつ」

「すっげー食いづらそうだな」

 フィアの後ろでは双子が他愛のない話を繰り広げている。

 教室を出ようとしたその時、廊下を走る女子生徒がすれすれのところで横切っていった。

「あ、ごめんなさいっ」

 驚いて小さく悲鳴をあげるフィアに女子生徒は謝罪をして走り去っていく。

「まったく危ないな」

 呆れたように零すアルマをフィアは宥め、気を取り直して三人は購買部へと向かった。


 購買部は玄関を通り過ぎて左の場所にある。

「今日面白いテレビあったっけー?」

「なんか映画やるとか言ってなかったか? ほらあれだ、タイトル忘れたけど殺人鬼が出てくるやつ」

「ああ、あれね。実際に起きた事件をもとにしたっていう」

 道中の会話は主に今夜のテレビ番組の内容であった。

 目的地との距離が近くなるにつれ人の密集度も高くなっていく。

「あ、あいつ」

 玄関が見えてる地点までやってくるとアルマが唐突に呟いた。その顔は若干嫌悪に染まっている。

 そこには先程の女子生徒。そして隣には昨日出会った少年、ルカの姿が。

 女子生徒は手に弁当箱を持って必死にルカに話しかけている。しかし彼が申し訳なさそうな表情で一言二言口にすると、肩を落として来た道を戻っていった。

 二人の会話は聞き取れなかったが、おそらく昼食を一緒に食べようと誘ったところ断られたのだろうと、フィアはとぼとぼと歩く彼女を見ながら推察した。

 ルカに視線を向ける。左の頬にガーゼが貼ってあった。

「よく怪我する奴だなあ」

 アルマの呟きを聞きながら動きだした彼を目で追う。購買部に行くのかと思ったらそのまま通り過ぎていった。

 曲がり角で完全に見えなくなると、少女達は混雑している購買部へと再び足を動かした。

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