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 太陽は高く上り、容赦なく僕を照りつける。アスファルトは熱せられ、過酷に僕の身を焼く。


 思い返せば、僕がこの「旅」を始めた、正しく言えば始めさせられた頃は、まだ日もほがらかという程度のものだった。それが今やこの暑さだ。


 今日出発したのが、朝の八時頃だから、もう四、五時間は歩いたことになる。コンビニでも入って、冷たい飲み物を胃に流し込みたくなる頃合いではあるが、残念ながら、灯りのついたコンビニは一軒も見当たらない。


 人々が大地の隅々にまで散開し生活するというスタイルは、もうとっくに――といっても四ヶ月ほど昔のことであるが――終焉を迎えたのである。


 あれはテレビで、どこそこで大雪など、今思えばのんきなことをやっていた季節だ。はじまりはどこかの都市の地下鉄で起きた傷害事件、それに死体の消失事件だったことは覚えている。


 それからの流れは覚えていないが、同様の事件、つまり人間が人間を噛んだり、噛まれた人間の死体が消失したりなどといった事件は、日を追うごとに増えて、やがて都市中に、国中に、世界中に広がっていった。

 端的に言えば、ゾンビであった。


 さて、そのゾンビが日本に上陸を果たしたのは、それから一ヶ月後。まだまだ呑気に桜前線と騒いでいた時期だった。

 某空港で発生した例のごとき事件を皮切りに、ゾンビは日本中に拡散した。


 そして今に至る、というわけだが、もちろん人間はもう滅び、僕が最後の人類であるということはない。僕は元来ひ弱な人間である。通勤ラッシュの駅を見渡せば(もう見渡す機会も無くなったが)、僕より屈強な人間が何百人と見つかるほどには、貧弱さに関しては自信がある。


 では人間はどこに消えたのか。まさか地下で冷凍保存されているわけでもあるまい。

 答えはわりかし単純で、彼らは引きこもっているのである。


 引きこもっているといっても、一人ではない。

 マンションなり、学校なり、ホームセンターなり、巨大な建物を厳重に封鎖し、その中に引きこもって、どちらかといえば立てこもっている。もちろん戦う相手は警察ではなく、ゾンビだ。


 コロニーを作り引きこもる人がいれば、一人放浪する人もいる。例えば僕である。こういった人間も結構な数がいて、時たまコロニーに立ち寄り、物資の補給を受けて旅を続ける。彼らの大抵の最期はえさになることであり、同時に移動式死体としての第二の人生の始まりでもある。


 僕も好きで危険な旅をしているわけではなく、他の放浪者と同様に目的があるのだが、それを達するには手元の物資では事足りない。目下の課題は補給、すなわちコロニーへの到達である。


手元のロードマップを見れば、あと一キロメートルもないところに、赤く丸がつけてある。ここが次の目的地、つまりコロニーの所在地である。これは前に立ち寄ったコロニー、つまり今日の朝出発したところだが、で仕入れた情報だ。次のコロニーはショッピングモールの跡らしく、規模が大きいことが伺える。


 しかし次のコロニーにも、いや、もはやコロニーには期待できない。もちろんコロニーが重要な補給拠点であるのには変わりない。しかしそれだけである。僕の探す人はそこにはいないだろう。


 僕とその人との関係を余すところなく表現することはできないが、客観的に見れば僕の遠距離恋愛中の彼女、ということになると思う。ここでは、そのあたりの酸い甘いについては、これ以上言及を避ける。


 ともかく、彼女との関係は、四月十七日の夜の彼女からのメッセージを最後に、終わりを迎えたのだ。それ以降連絡はなく、通信網の途絶えた現在においては、僕からも連絡をする術はない。


 旅を始めた目的というのも、もちろん、彼女を探すためである。それを思い立ったのは、確か五月のことだったと記憶している。当然のことながら、彼女がまだ生きているなどと、夢物語のような希望にすがってここまで旅をしたわけではなく、相応の覚悟は持ち合わせている。


 彼女は、まさかコロニーを出て一人彷徨う、なんて馬鹿なことはしない人だった。つまり、比較的早い段階で死を迎えたということで、それはこのご時世においては、もう一度「よみがえった」ということを意味している。そのことはもう数十回、数百回と考えたことだった。

 しかし僕の足は止まらない。


 彼女はこの島のどこかで死体となってさまよっている。僕はそれに会いに行くのだ。


 気付けば、もうすぐそこにショッピングモールが見える。熱せられた空気で、看板の色とりどりのロゴが揺らいだ。建物はあくまでもひっそりとしていて、誰もいないように見えるが、そこがここらで一番の拠点らしい。彼らから見えているかもわからないが、手を振ってみた。


 入口にたどり着くと、当然だが、棚やら木材やら、さらには車の残骸まで、ありとあらゆるものが積み上がって、壁となっていた。

 僕がそれを超えて響くように叫ぶと、奥からいくつかの人影がこちらに向かって歩いてくるのが、壁の隙間から見えた。

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