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僕の物語「親友との再会」

 今日は突然、彼から電話があった。僕の親友であり、悪友でもあり、彼女の夫であり、弥生の大好きな父親である彼から電話があった。

「ちょっと今日会えないかなぁ。」と彼が言った。

「久しぶりだね。僕も話したいことがある。」と僕は答えた。

僕はシャッターを上げ、キーを挿した。セルモーターが気持ち良く回り、マフラーから心地良い排気音を響かせた。やはりバイクに乗らなければ何も変わらない。そんな気がした。

 僕は待ち合わせの時間よりも20分早く到着したが、彼はもうすでに来ていた。

「そのバイク懐かしいね。まだちゃんと動くんだね。」と彼が言った。僕は何を言えばいいのかわからず、しばらく黙っていた。彼は飽きもせず、バイクに跨ったり、アクセルを握ったりしなが、バイクの周りをぐるぐるまわっていた。僕が3本目の煙草を吸い終わろうとした時、やっと彼が僕の横に腰を下ろした。

 夜の公園は実に静かだった。時々聞こえる虫の声さえ、その静けさを強調しているようだった。そんな静けさを最初に破ったのは僕だった。

「君に謝らなければならないことがある。」

彼は黙って聞いていたので。僕は更に続けた。

「僕は最近、彼女と会っている。」

「私ってるよ。」と彼が静かに答えた。

彼は続けた。

「彼女の口から聞かなければ、君が帰ってきていることにいつまでも気づかなかったと思う。」

「僕は君との約束を破った。」

そう僕は彼との約束を破った。もう遠い昔のことのように感じられるが、僕が彼女に別れを告げた翌日、彼は僕の前に現れ、こう言ったのを今でもしっかり覚えている。

「本当に行ってしまうのか。」

「ああ。もうここには僕の居場所はないからね。でも、君たちのせいにするつもりはない。」

僕は続けた。

「僕には彼女を守ってあげられるだけの力はない。そして。君にはそれがある。ただ。それだけのこと。何も難しくはない。」

「もちろん都合の良すぎる言い分だということは理解しているけれど、それでも僕たちは君に祝福されたいと思っているし、そうでなければ何も始まらないような気がする。」

何も始まらない。

彼らにはいったい何が始まり、僕には何が終わろうとしていのだろうか。

「君には悪いと思うけれど、僕はそれほど強くはない。」と僕は答えるしかなかった。

「だろうね。僕が君の立場でも多分変わらないと思う。」と彼が力なく言った。

「いつの日か、僕がもう少し強くなれた時には心から祝福させてもらうよ。」と今はありえないと心から感じでいる、僕が言った。僕はその『いつの日か』が、やってくることに全く実感が持てなかった。少なくとも当時の僕の心中はあまりにも複雑過ぎて、そんな日が来ることを信じたくなかった。いくつかの重要なかピースが見つからず、いつまでも完成させられないジグソーパズルのように。

彼が力なくつぶやいた。

「彼女とはもう会わないで欲しい。」

彼は更に続けた。

「彼女は今、酷く混乱している。もちろん理由はわかっている。そのほとんどの責任が僕にあることも。それは痛いほどにわかっているんだ。それでも僕は彼女を幸せにしたい。いや、だからこそ幸せにしなければならないんだ。少なくとも僕も彼女を愛している。」

と言ってから「たぶん・・・。」と彼は付け加えた。

彼との付き合いは長かったが。僕がこんなに懸命な彼を見るのは初めてだった。ただ同時に、小学生が命をかけて何かを成し遂げようとするような不器用な熱意も同時に感じていた。

「だから、もう彼女とはもう会わないで欲しいんだ。」

僕は少しの沈黙の後、「君が、その気持ちをなくさない限り、約束するよ。」と言った。

何もかも終わってしまった僕にはもう必要なものなんてない。彼女への愛を諦めたその日から。

「ありがとう。」と彼は一言だけ力なく去っていった。

彼にありがとうと言われた途端、何故か不愉快な気持ちと寂しさがこみ上げてきて、僕はもう何も言わずに彼の後ろ姿を見送った。当時、彼と会ったのはそれが最後だったと思う。

 そして、それから十数年が経った今、僕は彼女と出会い、そして今また彼と再会することなった。僕は彼との約束を破り、今ここにいる。

「約束・・・。そんなことはもういいんだ。それよりも君と彼女の再会がなければ、僕はもう君に一生会えなかったかもしれない。」

「それに僕も君との約束を果たせなかったし、ずっと君を騙していた。一番酷いのは僕のほうなんだ。」と彼は更に続けた。

「彼女は君のことを愛していた。周りにいる誰もがわかるぐらいにね。でも、僕は君たちを騙して彼女と結婚した。」彼は地面を見ながらつぶやいていた。

僕は「知ってたよ。」と言った。そう、何もかも知っていた。だからこそ、僕は地方の勤務地へ逃げた。何もかも知っていたからこそ。あらためて彼の口から聞かされたことで当時の精神状態が浮かびあがり、彼を殴ってやりたい気持ちになったが、できなかった。今の彼を見たら、誰もそんなことはできはしないだろう。

「だろうね。」と彼は引きつった笑顔を作ってみせた。

「でも、すぐにわかったよ。僕が何をしてしまったのかを。彼女は僕を本当に愛そうとはしなかった。そして、僕も本当はそうだったのかもしれない。」

「それは違うと思う。」と僕は言った。

「僕も彼女を愛していた。でも、僕には君のようにはできなかった。君の愛の勝ちだよ、残念ながら。」と僕は続けた。単なる慰めの言葉などではなく、実のところ、そんな気がしていた。

「僕もその時は盲目的にそう感じていた。」と彼は力なく言った。

「でも、結果的に彼女を不幸にしてしまったのは変えようのない現実であり、僕も変わってしまった。あの時から何もかもがずれ始めたんだ。」そう言いながら彼は肩の力を落とした。

「でも、君は今でも彼女を愛している。これも現実だろう。」と僕は言った、

しばらく沈黙が続いた。再びの静けさを破ったのは彼だった。

「今からでも、君なら彼女を幸せにできるはずだ。」

「できない。」僕は力任せに言った。

「まだ彼女を愛している僕が最後にできることなんだ。」と彼は力いっぱい叫んだ。

夜の公園にしばらくこだましているようだった。

それはできない。彼にはもう娘がいる。彼と彼女は弥生にとって、かけがえのない父親であり、母親なのだ。僕はしばらく考え込んで「やっぱりできない。」と力なく言った。彼の姿はもうどこにもなかった。

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