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僕の物語「弥生との出会い」

 彼女は毎日のように僕の病室を訪れた。一児の母がそんなことをしていてはいけないと言うべきだったのかもしれないが、何故か言えなかった。

「どお、元気にしてる。」

「一応、心臓は動いているみたいだ。」と僕が言うと、彼女は満足そうにうなずいてから思い出したように言った。

「ああ、娘の弥生。どうしても付いてくるって言うもんだから。迷惑だったかしら。」

「全然、迷惑じゃない。」とは言ったものの、どう喋りかけたらいいのか困ってしまうというのは、やはり迷惑だったのかもしれない。

「こんにちは、おじさん。」

僕は驚いた。もちろん、彼女の娘が言葉を話したことに驚いたわけではない。こんにちは、おじさん。おじさん。私はいつの間にかおじさんと呼ばれる年になっていたことをすっかり忘れていた。そう、まだ34歳のつもりだったが、もう34歳だったのだ。まだまだ若いつもりだったが、もうそんなに若くはない。そろそろ周りの景色を振り切らなければ、何もかも手遅れになってしまうのではないか。何もかもが終わってしまうのではないか。

「ああ、こんにちは。えーと、弥生ちゃん。」

そんなぎこちない会話の間、彼女はキョロキョロキョロと花瓶になりそうなものを探して、すっと部屋から出て行った。しばらくの沈黙の後、弥生が言った。

「おじさん、いい人みたいだね。」

「そうかもしれない。」特に否定する理由も見つからなかったので曖昧に答えた。

「お母さんが好きになったの、わかるような気がする。お母さんはただのお友達だって言ってたけど、私にはわかるんだ。」

「お母さんのことは好きかい。」

「とっても大好き。お父さんのことも好きよ。」

僕は心の中でふうっとため息をついてから、

「良かった。」とつぶやいた。

「でも、おじさんも好きになれそう。だってお母さんが好きになった人なんだもん。」

「ありがとう。」と答えてみたものの、内心はやれやれといった複雑な気分だった。

「おじさんも怪我が治れば家にくればいいのよ。4人でいたら、きっと楽しいと思う。」

子供らしい発想を装う中学生の少女。こんな僕にも気を使ってくれているのだろう。だから、それはできないと言おうとしたがやめた。そして、何を言えばわからなくなったので「ありがとう。」とだけ言った。

 やっと握りかけたアクセルから、また手が外れてしまった。この無邪気な少女から大好きな母親を奪うことなど、誰にできるだろうか。誰にできるのだろう。考えてみたが答えは出なかった。とりあえず、確かなことは僕ではないということだけ。もう終わってしまったのだろうか。何もかも終わってしまったのかもしれない。もう、あの時のように若くはない。バイクを降りるべきなのだろうか。

 怪我も治り、家に戻ってからもう二週間になる。彼女から何度か電話がかかってきたが、声を聞く度に何も言わずに切ってしまった。車庫のシャッターを開けるとバイクが寂しそうにこっちを見ていた。

「これからどうすればいいんだろう。」

バイクは何も言おうとはしなかった。たとえ、どうすべきかがわかったところで、今の僕にはそれができそうにない気がしていた。やはら、何があろうと走り続けるべきなのだろうか。しかし、今の僕にできることといえば、彼女からの電話を無言で切ることぐらいしかなかった。

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