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僕の物語「彼女との再会」

 僕が彼女と再び出会ったのは、僕が職を失って大阪へ戻ってきたときのことである。久しぶりに帰ってきたというのに、僕は彼女の家の前を知らず知らずのうちに通っていた。

「懐かしいわね。」と彼女が声をかけてきた。

「そうだね。」と僕はうなずいて立ち止まった。

 僕が彼女と初めて出会ったのは、中学生の頃だった。中学生の頃の僕は、真面目でそこそこ勉強のできる最も足の遅い陸上部員だった。髪型もスポーツ刈りだと言えば、真面目さがわかってもらえるだろうか。そんな頃の彼女は、僕とは全く逆だと言っていいほど輝きに満ちていた。放課後になると、僕がドタドタと走るグラウンドで、いつもキラキラと輝いていた。僕のような貧弱な陸上部員とは、逆立ちしても釣り合わないような女の子だった。

「久しぶりに会ったんだし、お茶でもご馳走してくれないかしら。」と彼女は言った。彼女が言うととてもスマートに聞こえる。たかが、お茶をご馳走することに、とても光栄な気持ちになった。しかし、僕はいいえというふうに首を振った。

「とても腹が減っているんだ。夕食をご馳走させてもらっても構わないかな。」

「もちろんOKよ。」と彼女は嬉しそうに微笑んだ。とても綺麗な笑顔だった。今磨いたばかりのワイングラスのように手にとってみたくなった。

 僕たちは駅前のハンバーグレストランに入った。本当に懐かしいレストランである。僕は高校生の頃、3カ月程このレストランでバイトしていたことがある。僕はこのレストランで実にたくさんの物を壊した。最初、洗い場を任されでもいた頃には小さなビアジョッキのようなグラス8個も入るケースを幾度も落とした。果てしない数のグラスが僕の手から滑り落ちていった。その後、ポジションが仕込みに変わってからはグラスは犠牲にならずに済んだ。しかし、一枚数万円もするプレート皿やサラダボールが代わりに犠牲となった。3カ月しか働かせてもらえなかったのは言うまでもない。

 店員が大きなメニューを重たそうに抱えてやってきた。ここでは店員というよりウェイターという方が妥当なのかもしれないが、実に滑稽な雰囲気の店員だった。僕は笑い出してしまいそうだったので、素早くホワイトソースがかかったのを頼んだ。彼女も笑いを堪えながらチーズがのったのを頼んだ。店員は気分悪そうに去っていった。

「いつから大阪に戻ってきてるの。」クスクス笑っている僕に彼女が聞いた。

「今日から。」と僕は答えた。

「それは栄転なんでしょう。」と彼女はキラキラした目で言った。

僕は少し詰まってから「失業中なんだ・・・。」と答えた。

彼女は少し困ったような顔をしてから「ごめん。」と言った。

「全然、気にすることはない。自分で決めたことなんだ。」

「そうね。私が謝ったってどうにもならないわね。」

と言って彼女は僕のグラスにビールを注いだ。

そう、どうにもならない。

 僕たちはグラスを重ね、彼女が嬉しそうに「乾杯。」と言ってくれたので、一瞬このテーブルが軽くなったような気がした。僕が地方へ逃げ、退職願いを書き、また戻って来たのは全て彼女への思いに始まり、そして終わる理由だった。しかし、彼女には何の責任もなく、ただ僕が弱かっただけのことである。僕は彼女を忘れようと地方の勤務地で死に物狂いで働き、そして結局のところ、前よりも傷を深くしてしまった。彼女を置き去りにしたのは僕であり、僕以外の何者でもない。謝るとするなら、きっと僕のほうだろう。

 僕は彼女と付き合っていた。もうはるか昔のこととなってしまったが、他の恋人たちがそうであったように、一緒に映画を観たり、ディスコに行ったりして過ごした。そして、何かのドラマのように親友が彼女を好きになった。そして、僕は彼女と別れた。ただ、それだけのことだった。僕はその時、久しぶりに泣いた。粉々になるくらいに。


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