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第一章 Fateful Encounter

 死ぬがために生きるのは滑稽だろうか――。


 青年は顔を上げてふと思う。

 窓の外には未来永劫変わらぬ闇が支配する景色、見飽きた夜の帝王三日月。

 死に憧れ生きる、矛盾を感じつつもそうせずにはいられない自分。愚かだろうか。

 自分にはそんなセンチメンタルなことは似合わないと知りながら、青年はついついそんなことを考えてしまうのだった。

 センチメンタルというより、哲学的。

 そう言った方がまだマシかもしれない、そう思いながら無駄に積まれた書類の文字を読み流している――と。


 ふと、背後からの物音が青年の鼓膜を刺激した。ごく小さな、誰かが身じろぎをした程度の微かな。

 かさり、そんな布が擦れるような、注意しなければ聞き取れないような音。


「――ッ!」


 そんな小さな音ではあったが、青年はそれに対してこれでもかというほどのオーバーアクションをかました。

 心臓が飛び上がるかと思うほどに大きく身体を震わせ、その反動で高く積まれた書類を思わず倒し、慌てて手を伸ばすも間に合わず。

 ばさばさと見る間に倒れていく超高層書類の塔をぽかんと他人事のように眺めながら、再び重い沈黙が訪れたあとにようやく事態を呑み込み、ひとりやるせない気持ちになった青年はどっかと椅子に倒れ込むようにして背もたれに身体を預ける。

 そうしてから、――またやっちまった。今日何回目だ、とやはり一人自嘲気味に呟いた。


 ――畜生。


 結局、今日14回目である書類塔倒しに飽き飽きしながら、青年は自身のこめかみに手を当ててそう悪態をつく。

 一時そのままのポーズで固まったあと、まるで自分に暗示をかけるように、集中しろ集中しろと何度も呟く青年。

 そうして二度の深呼吸のあと、床に散乱した書類集めにかかろうとした。

 ――けれど。


「……おーい。お前、いつまで寝てる気だ?」


 やはり強い誘惑には、勝てず。

 腕の力を抜いて机に突っ伏し、我ながら緊張感のない声を後ろに投げ掛ける。

 でも背後からは、すうすうと安らかで可愛らしい寝息が返ってくるだけだった。


「……ったく……」


 青年の口からは、呆れと戸惑いのため息が思わず漏れてしまう。

 ――青年は困っていた。

 これまでないほどに、困っていた。

 疲労と緊張に苛まれ、その上にどんとのしかかるそれ。

 しかも、後ろから気持ちよさそうな寝息が聞こえるたびに、青年の困惑度パラメーターはどんどん上昇していく。


「……ふざけんなよ」


 青年は耐え切れずに、毒づいた。


 寝息。身じろぎ。

 ――そう、青年の後ろには無駄に大きい青年のベッド、そしてその真ん中にはちょこんと小さな身体が横たわっていたのだ。

 艶のある黒髪を鏤め、長い睫毛に縁取られた瞳は閉じている。

 明らかに幼い少女のものである小さな体躯は、柔らかなベッドに沈み込み護られるように包まれていた。

 安らかな寝顔。花のような可憐さを持つ、柔らかい美しさ。


 そんな少女を見つめるほどに、青年には罪の意識が芽生え始めていた。

 ……いやいやいや。何もしてないんだ、そうまだ何もしていない。弁解のようで実は微妙に墓穴を掘ることになっている言い訳を脳内で並べ立てながら、青年は深い哀愁の色が漂うため息を吐く。

 ――何しろ。

 自分のベッドに眠る幼い少女。その寝顔をじっと見つめる青年。第三者がぶっちゃけて言えば幼女とロリコン(冤罪)。

 ――どう見たって危ない光景じゃないかこれ。

 何度考えてもその結論に行きつくしかない青年は、自分のしていることにも考えていることにもますます罪悪感を覚えるのだった。


「……仮にも勇者なら、魔王の目の前で寝るなよな」


 言い訳がましくそんなことを口走りながら、青年はまた机に突っ伏す。

 もう何もやる気ないなどと思ってちらりと少女を横目で見やると、やはりお気楽そうに眠っているだけ。

 その幸せそうな寝顔に何だか怒りさえ覚えるが、今のところロリコン(冤罪)という罪悪感の方が上回っていた。

 ああ。俺は何をしているんだろうと。

 そう考えてやはり出てくるのは、ため息ばかり。

 むしろため息のオンパレード。これ以上なく不幸になりそうな。

 涙や声が涸れるようにもしかしたらため息も涸れるんじゃないかというほどのため息のあとに、青年は本気で考え始めた。


 ――何でこんなことになっているんだろう。


 よく考えてみれば自分のベッドにこんな少女を寝かせてやる義理もないわけででも床にほっぽり出しておくのも流石に良心が痛むというか別に変な意図があるわけじゃ――とエンドレスな思考の中で、青年はこの際だから原点へ立ち返ろうと決める。



 そう。この話の原点は、約半日前まで遡る――。




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