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序章

 正義というのは、即ちエゴだ。


 正義正義正義正義。

 エゴの塊、どうしようもなく下らない誓い。笑い飛ばせば崩れ落ち。

 自我自我自我自我。

 所詮一面性の美徳なのだ、正義というものは。平べったい価値観。


 そんなものに何の意味があろう。

 そんな世界に何の理由があろう。

 奪って殺して祈って縋って、利己主義者エゴイストの思う儘。



 だから俺は魔王になった。




 神と云うふざけた人格者と、勇者と云う素敵なエゴの塊と。




 俺と云う正義を殺す為に、俺は魔王になったのだ。










 ◇





「下らない」


 不意に響いた言葉。

 何の感情も含まない声が、それの存在をはっきりと否定する。


「く、下らない……?」

「ああ、下らないよ。反吐が出そうなほど」


 視線を床に落としたまま、青年は吐き捨てるように言い切った。

 その向かい側に立っているのは、ぱくぱくと馬鹿みたいに口を開閉させる男。

 闇と同じ色をした瞳は眼前の男を映すことなく、幾度も無意味な瞬きを繰り返す。


「く、下らないとはどういうことですか! 陛下っ! 貴方は私達の長年の研究を――」


 腰を浮かせ反論しかけた男を、陛下と呼ばれた青年は鋭く睨んだ。

 深い闇を孕んだ瞳は、男の怒気を遮るには十分なほどの殺気を含んでいる。

 その眼光に思わず言葉を失い、ぐっと黙り込んだ男。それを横目に、ようやく黙ったかと青年はため息まじりの科白を淡々と並べ始めた。


「研究だと? 笑わせるな。お前らのそれは、研究なんて崇高なものか」

「う……そ、それは」

「運命だの何だのと――脳をうじに支配されたお前らの研究が、何を生んだ? この腐った世界の何かを、変えることができたのか」


 あまりにも残酷な言葉。男の誇りすら、簡単に打ち砕くような。

 それはさすがにあんまりだと、男は思わず反論しようと顔を上げる。


「へ、陛下、それはあまりに――っ」

「あまりに、何だ? そもそもそれは何の研究だ。俺が指示したことか。実験段階まで俺に内密で進める研究だと? 茶番だな。お前らを泳がせてやっていたのが誰か、知っているか?」


 残酷だが、的を射た科白。必死に反論を試みた男の口から、ぐっと呻きが漏れた。

 男がどうやら何も反論出来なくなったのを確かめて、青年はやれやれと肩を竦めた。


「まあ……、お前らの言いたいことは全く分からん訳でもないがね。ただ、お前らは愚かすぎる。そう、それこそ反吐が出そうなほどにな」


 馬鹿にするような、威圧的な口調で、青年は男を追い詰めていく。

 男は何も言い返せずに、無情な白い床を見つめ小さくなるだけ。

 足を組み漆黒に塗られた机に偉そうに座り、上から男を見下ろす形になった青年は、さらに男を責めるように言葉を紡ぐ。


運命メビウスの輪だの宿命クラインの壺だの、狂信者染みたふざけたことが聞きたいんじゃない。俺は神なんか信じてやしない、俺を殺すそれが欲しいだけなんだよ」


 殺す、を強調する青年の口調。

 下唇を噛みしめる男の顔は、冷たい床に影を落としたまま。


「誰も俺を殺さないのなら、それは殺戮を続けるだけだ。解っているな?」

「う……」


 肯定とも否定ともとれぬ、小さな呻き。

 解っているのかいないのか、解っていても認めたくないのか。

 青年はその呻きを勝手に肯定ととり、歪んだ笑みを微かに浮かべて男の顔を覗き込んだ。


「うん、よし。解っているならいいさ、有能な我が部下よ」

「――っ」

「さて、どうだ? 次に俺の口から出る言葉が、お前には予想出来るか」


 まるでクイズでも出すかのような軽さで、青年は続ける。

 男が困惑した表情で青年を見上げると、青年は彼の耳元にそっと自分の唇を近付けた。


「お前はまだ若いよな。まだ、死にたくなんてないか?」


 冷たい、死神にも似た低い声が男の脳を貫く。一歩間違えば、死へと堕ちる奈落の言葉。

 瞬間、男の顔から生気が一気にさあっと抜けていった。

 それが何を意味するのか――。

 男には、容易に予測することが出来た。

 恐怖。絶望。震えが止まらず微かにガチガチと歯を鳴らし、男は青年を見上げる。

 面白いほどに白くなっていく男の顔。それを見て、青年はけらけらと笑った。


「やっぱり生きたいのか? それとももういっそ、死んでしまいたいか。俺みたいな無能な魔王に仕えるくらいなら、いっそ楽に死なせてやろうか」


 ナイフの刃よりも鋭く、冷たい死の宣告。

 そんな言葉に、男はただ必死に首を振ることしか出来なかった。

 まだ生きたいと、ささやかな自己主張をすることしか。


「そうか。なら……もう一度、チャンスをやろうか? 神を信じるか、俺を信じるかはお前の自由だが――」


 すっと、死を告げるテノールが男の耳元から離れる。


「――覚えておけ。次に俺に運命だのという言葉を持ち出したら、どうなるか」


 男はこくこくと何度も頷いた。首が千切れんばかりの勢いで。

 青年のその怖さを、男は他よりよく知っている。誰よりも、よく。

 だから――逆らわずに、彼から逃げ出すように、バタバタと薄暗い部屋から駆け出した。

 慌て、怯えてその意思に従うように。

 それを無表情のまま見送った青年は、ようやく解放されたというような疲れた表情で椅子に腰を下ろす。どかりといった小さな音すら、青年にとっては耳障りでしかなかった。


「ふん……下らないし、ひどく愚かしい。根本から腐った世界だな」


 呟いて、意味もなく手を高くかざす。

 血が通っていないかのような、蒼白い手。全てを壊す、死神のかいな。一時それを見つめて、青年はちっと舌打ちした。

 つまらない。つまらないつまらないつまらない。そんな思考に支配された自分すら、つまらないと思いながら。

 ああ。何だっけ。俺は何のために生きてるんだっけ、考えて、目を閉じる。


「――早く来いよ、勇者。俺を殺す唯一の者……」


 独り呟く言葉に潜むのは、縋るような声音と微かな震え。

 男には断片も見せなかった、青年の弱い部分だった。

 彼はそのどうしようもない弱さが故に、見たこともない人間に願いを託す。



 自分を殺してくれ、と。



















 ――これは死ぬために生き続ける魔王と、彼と出逢う人々の物語。


 生きるために死んで、死ぬために生き、輪廻の輪に引っ掛かったか弱き魔王エゴイストの。



 欲望と絶望の交点から始まる、真っ白な世界の寓話―――。




※あくまでもコメディーです!

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