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怪異譚~吸血鬼編~  作者: 華咲薫
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「ここは……」

「ようやく生き返りましたか、兄さん」


 ただの人間では一生耳にすることはない、けれど俺にとっては馴染みの『おはよう』で迎えられる。

 身体中が包み込まれるような柔らかな感触と適度な重みから察するに……というか普通にベッドの上だった。窓から差し込む光が眩しい。

 その爽やかな日差しに相応しく、俺の心も澄み切っている。

 ということは、つまり、まあ、そういうことなのだろう。

 俺は無事に殺され、そして無事に助かったということなのだろう。


「ありがとな、美衣ちゃん」

「自分を殺した相手に感謝できるなんて、世界広しといえど兄さんくらいでしょうね」


 全くもってその通りだ。


「では、気になっているであろうオチについて説明しますね」


 美衣ちゃん曰く、自慢の妹は文字通り塵も残さぬ勢いで俺を殺し、塵が残る程度に燃やし尽くした。

 塵が残り、血が残らぬ絶妙な焼き加減で。

 吸血鬼が血を媒体としている以上、血の消滅は厄の消滅と同義。

 数十回の死を覚悟していた俺の想像を上回り、たった一つの命で彼女は決着をつけた。


「何か言葉はありますか?」

「今度、パフェをおごってあげるよ」

「特盛でお願いしますね!」


 その程度、安いものだ。

 俺の命よりは高価かもしれないが、彼女の命とは比べるべくもない。


「じゃ、いい時間ですので美衣は学校に行ってきます。あとはお願いしますね、有栖川さん」


 そう言って、有栖川の名前を呼んで部屋を出る妹と入れ替わり、女の子が姿を現す。


『あなたが無事、人間に戻れた時には――』


「……香坂君」

「よかったな、美衣ちゃんに名前で呼ばれるようになって」


 それこそが何よりの証。

 救いようのない俺が命をかけて、捨てて、救った、友人ですらない隣のクラスの女の子。


「本当に、ごめんなさい。あなたに迷惑をかけて」

「謝るなよ、お前も被害者だ」


「痛い思いをさせて」

「そんなの慣れっこだ」


「命すら奪ってしまって」

「一つ減ったところで変わらねえよ」


「ありがとう、わたしを助けてくれて」

「どういたしまして」


 ああ、そうだよ。

 その一言さえ聞ければ、嬉しそうに涙する顔が見られれば、死ぬほどに、死んだ甲斐があったってものだ。


「ということで、改めて聞くのだけれど」

「なんだ?」

「あなたには、私になんでもさせられる権利があります」


 そんな話もありましたね。

 しかも約束通り、本当に殺されてしまった訳だ。

 直接的には美衣ちゃんにだけれど。


「だから、あなたに決めて欲しい。他ならぬ私の為に」


 贖罪を。

 俺の為ではなく、有栖川の為に。

 たった一晩の付き合いながら、俺のことをよくわかっているじゃないか。

 押されると断り切れない、面倒見がいい優男な俺のことを。

 ……優柔不断は違うからな。


「それじゃあさ」


 死の間際に頭をよぎった想い。

 血の契りを交わしておきながら、何を今さらとも思うけれど。

 キスしてから交際を申し込むような、無粋な言葉だと思うけれど。 


「俺と、友達にならないか」

 

 そんなキザったらしいお願いのお礼として。


「――っ……わかったわ。これからよろしくね、春貴君!」


 彼女の満面の笑みを、ありがたく受け取った。



 ―了―

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