96話 悪臭の下水調査
――ピロン。
下水道へ降りていく最中、またプライミーの着信音が鳴った。
確認してみると、エスス魔術相談所からだ。
また追加で依頼があったらしい。
人手に問題があるんじゃないか、あの事務所。
リンピアの後ろに立っていた男に向かわせればいいものを。
『ソードさん
お仕事の二つ目。並行してお願いします。
こっちは時間を置いても大丈夫です。
:内容 【バレンニスタ侯爵の素行調査】
:依頼主 【バレンニスタ夫人】
:バレンニスタ侯爵の浮気が疑われている。
依頼主の夫人が素行調査を依頼した。
まずは侯爵家に訪問。添付の地図を参考に。
具体的な調査内容は夫人から口頭説明されます。
エスス魔術相談所 リンピア』
こんな依頼ばっかりだな。
なんでも屋と揶揄されるだけあって、依頼内容があまり人に相談しにくい内容ばかりだ。
――ピロン。また来た。
『ちなみに、念押しだけど守秘義務は守ってね』
わかってるっての。
こっちは仕事じゃないけど、ヒシズから王家の家庭事情を相談されたり、アーチェの追跡調査もしている身だ。一つや二つ増えてもどうってことないし、元から口は堅い方だ。
――ピロン。さらに来た。
『ごめんね。まだ依頼があるよ。これも後回しで大丈夫だから。翌日以降に対応お願いします。
:内容 【ウィモロー家の引き籠り息子の対処】
:依頼主 【テッサ・ウィモロー】
:南区のウィモロー家に住む息子が部屋を出ない。
どうやら最近買い与えたゲームに夢中の模様。
依頼主が息子の将来を案じて依頼してきた。
どうにかして外に出してほしい、とのこと。
住所は添付の地図を参考に。
エスス魔術相談所 リンピア』
人遣いが荒すぎる……。
とんだブラック事務所に雇われたかもしれない。
まだ一つ目の依頼を請け負っている段階なのに、既に三件目だ。
しかも、俺が苦手とする子どもの相手か。
気が重い。
とりあえず下水道に降り立ち、先に急ぎで頼まれている悪臭調査に専念することにする。
下水道はちゃんと灯りがあって足元も見えた。
歓楽街の地下とだけあって酷い臭いだ。
潮漬けどっきゅんサッキュンに充満していた臭いと同じものだった。
やはり悪臭は下水が原因のようらしい。
「うわぁ……臭ぇ……」
変な臭いの素がないか調べることにした。
下水道を周るうちに、たまに道が急な傾斜になって流れが急になっていたり、逆に吹き溜まりのようになって下水が一向に流れない円形の溝があったりと、変な構造の場所を発見した。
どう見ても、そのせいで下水の流れがおかしくなっている。人工的にあえてそうしたのなら、構造として意味不明だ。
下水の排水機能に欠陥があるとしか――。
「ん?」
さらに進むと、道に突然、鉄扉が現れた。
下水自体は下の鉄格子から流れていくようだが、人の進行はその鉄扉によって塞がれている。
開けようとしても全く開かない。
俺の馬鹿力で無理やりこじ開けようとしても、だ。
「これ……普通の扉じゃないな」
周りをよく見ると、鉄扉の脇の壁に側溝があり、そこに謎の機械が設置されている。
機械には粘ついた糸が絡んでおり、虫が巣づくりでもしたような形跡が残っていた。
つまり、だいぶ前からここにあるということだ。
他にも何かを差し込むソケットがあった。
電源が入っているかどうかを示す小さな赤点も灯っている。その隣には丸いボタンもある。
この機械、どっかで見たような――。
「とにかく押してみるか」
ボタンを押してみる。
小さな赤点が青い点滅を示したが、少ししてまた赤い点灯に戻ってしまった。
起動できない。
「なんだよ、おい。起動しろよっ」
きっと、この機械と鉄扉の開閉が関係しているような気がする。そう思ってボタンを連打した。
そうしているうちに思い出した――。
この機械、どこかで見たことがあると思ったら、プリマローズが持っていたゲーム機と一緒だ。
確か『ゲームポータルⅩ』略してGPⅩだ。
何故こんな所にゲーム機があるんだろう。
だいぶ前から設置されているみたいだし、そもそも動力源はどこから引っ張ってきているのだろう。
ケーブルらしいものは見当たらない。
粘ついた糸のようなものしか絡みついてないのだ。
「この滅茶苦茶な下水構造と関係あるかどうかわからないが……一応、持っていくか」
引き抜いて持ち帰ることにした。
そもそもこんなゲーム機を放置しておくなんて、この下水道管理はどうなってるんだ。
「ぐっ……うううううう!」
糸の粘着力が強力で、壁に張り付いたゲームは全く取れそうになかった。さらに力を込めてゲーム機を外そうとしたところ、機械が謎の音を発し始めた。
『ガ、ピ……ガガー……やめて。無理に引き抜いたらポータルは封鎖されちゃうよ……ガガ、ピーー――』
「は? 喋った?」
『ガ、ピー……ガガ――誰? ガ……ピーーー』
少年のような声が響いた。
しかも、俺を認識して会話してきている。
ボーイ・ミーツ・マシン。
いや、俺も兵器だからマシン・ミーツ・マシンか。
「お前こそ誰だ? どこにいる?」
『ガガ~……その声、もしかしてソード!?』
驚いた。俺を知っている。
声で判別がつくということは、かなり親しい間柄の人間だったのかもしれない。
逆に、俺もその機械音声に聞き覚えがあった。
『ピー……ガ――僕だよ。メイガスだっ』
予想外の名前に背筋がぶるっと震えた気がした。
メイガス。まさかの再会……と言えるのか怪しいけれど、昔の同胞が登場してきて驚いた。
しかも、ちゃんと俺のことも覚えている。