95話 オトナのお店の悩み事
東区にある、とある歓楽街「マグリル」という地域に向かう。
現地に着いてみて驚いた。
昼間だったが、店の看板から判断するに、この地域はどうやら歓楽街の中でも特に、いかがわしい店が集う一帯のようだった。
看板にセットで書かれている説明文には、何十分でおいくらという金額まである。
俺にもわかる。
このエリアは、大人の男向けだ……。
俺に任せられたのも納得した。
さっそく地図にある店まで行ってみた。
その店は看板の灯りも消えていたが、『潮漬けサッキュン』という名前だけが薄っすらと確認できた。
すごい名前だ
白いすりガラスの扉の先は真っ暗。
本当に人がいるのだろうか。
とりあえず入り口に添えられたベルを引っ張って慣らしてみた。
ガランガランと大きな音が鳴った。
店の奥に灯りが点き、誰かが出てきた。
「は~い。いらっしゃあーい。残念だけど、まだ開店まで時間が……」
中から出てきたのは、なんと頭から黒い角が生えた魔族の女だった。その特有の雰囲気は、魔王プリマローズの近縁種にあたるサキュバス族だった。
角は黒いが、プリマローズと同じく髪はピンクだ。
短い髪と垂れた目尻から愛嬌も感じさせる。
俺は驚いて身構えた。
魔族はもう絶滅したんじゃなかったのか。
「あれぇ、あなたはもしかして探偵さん?」
「エスス魔術相談所から派遣されてきた。アンタが依頼主のマグリル商会の?」
「あぁ、よかったわぁ。ちゃんと来てくれたんだ」
さぁ入って、とガラス戸を開ける女。
「……アンタ、サキュバスだよな? 魔族は絶滅したんじゃなかったのか?」
「え……?」
きょとんとした顔で女は固まった。
しかし、その後には噴き出したように笑い出した。
「あっはは、面白い人ね。開店の準備をしてたから、こんなメイクだったけど」
女は黒い角を取り外してみせた。
どうやら髪飾りだったらしい。
「ふふふ、本物みたいでしょ」
「飾りか……。本物のサキュバスかと思ったぜ」
「ありがとう。ここはそういうお店だからぁ」
人間が魔族のコスプレか。
ご苦労なことだ。
○
「あらためて今日はお願いしますねぇ。わたしは店長のシェリー。こんなナリだけど、実はお客さんの相手はしてなくて、経営と受付を任されてるの」
「俺はソードだ。悪臭調査だって聞いてる」
昼間だというのに店の中は暗かった。
なんだか照明がピンクピンクしていて目が痛い。
潮漬けサッキュン店長シェリーは事情を説明した。
悪臭は店外の裏手、側溝から発生しており、この店だけに留まらず、周辺の店一帯でも同じような悪臭が問題になっているそうだ。
下水自体がおかしいと踏んでいるらしい。
店が店だけに、悪臭がすると客のイメージダウンにもなり、早急になんとかしたいとのこと。
しかしながら、王室は腰が重い。
そこでエスス魔術相談所に頼んできたらしい。
「悪臭はいつ頃から出てるんだ?」
「そうねえ。本当に最近よ。二、三日前かしら」
「溝にドブでも詰まってるとか?」
「見たけど、それはなかったかしら。側溝が詰まってるというより、その先の下水道を伝って臭いが漂ってくるような感じかしらぁ」
王都東区は水捌けが悪いようで、地下に下水道が造られているようだ。
やっぱり下水道に行くべきか。
事情聴取した後、実際の悪臭がするという場所を見せてもらった。
店を出て裏手に回り、外の側溝を確認する。
蓋がされているが、隙間から湯気のようなものが出ている。
「ほらっ、もうすごい臭いでしょ」
「確かにこれは……。独特の生臭さがあるな」
「下水からの臭いだと思うのよ~」
側溝はマグリル一帯を取り囲んで設置されている。
シェリーの言うように下水道が問題かもしれない。
「店の売り上げにも関わるから……早急にお願いしますね、ソードさん」
「被害に遭っている他の店も案内してくれないか?」
「もちろん。連絡してみるわね」
その後、周辺の他の店にも行ってみた。
相変わらず名前のインパクトも強い上に、店の人間が何かしらの別種族をイメージした衣装を身に纏っていたが、どの店も人間が運営していた。
セイレーン族に模した店もあるくらいだ。
本物のセイレーンには敵わないが、なかなか努力を感じられる見た目だった。
一通りの調査を終えた。
どの店も似たような悩みを抱えてる。
同じ悪臭が側溝から漂い、とてもじゃないが、男が快楽を求めて来る場所にしては不潔さを感じた。
俺はマンホールの場所を教えてもらい、無理やり蓋を開けて下水道に降りてみることにした。
きっと下水に何かあるんだ。
それさえ取り除けば、すぐ解決するだろう。