93話 エスス魔術相談所
三日が経った。
ヒシズと連絡を取りながら、王国近衛兵の調査状況を確認していたが、アーチェの行方はわからないままだ。
どこへ行ったんだろうか……。
この静かな期間が長いと余計に不安だ。
嵐の前のなんとやら、ってやつ。
一方、無事に仕事は見つかった。
シムノフィリアのリチャードの紹介で、とある魔術相談所で派遣社員として登録することになった。
その魔術相談所は魔術絡みの事件を解決することが主な仕事だそうで、簡単に言えば探偵屋である。
個人事務所だが、実績は豊富なのだとか。
――名前は「エスス魔術相談所」
東区の歓楽街付近の雑居ビルに事務所があり、今日はそこの事務所で面接があった。
影差す雑居ビルの錆びれた鉄階段の上の扉。
本当にここか? と疑うボロさだ。
「邪魔するぞ」
扉を開けると、中は意外と綺麗にされていた。
だが、日当たりが悪いのに窓のブラインドを中途半端に閉じているものだから、仄暗い印象もある。
「こんにちは。ソードさんね」
奥にあるデスクで革張りの椅子に座る女が言った。
事前に知らされていた所長の女だろう。
思っていたより遥かに若い。
「そうだ」
「うん。特徴はまるで一緒だ」
お互いを同じように観察し合っていたらしい。
虹色の虹彩、ブロンド髪が印象的な女だ。
警戒心は強いようだ。
「確認できたなら銃は下ろせよ……」
女は魔導銃を握る手をデスクに乗せている。
その銃口は俺に向けられたままだ。
「そんなもの、無駄ってことくらいわかるだろ?」
「これは慣例みたいなものだから、やめられない。悪いけど、このまま面接させてもらうよ」
「別にいいけどよ」
怖ろしいのは女の魔導銃より、後ろに控える男だ。
さっきから壁に背を預けて腕を組む男がいた。
寡黙で微動だにしないが、俺が下手な動きを見せたら、すぐ攻撃を繰り出しそうなオーラがあった。
外套のフードを目深に被っているため、素顔はわからないが、凄然とした雰囲気が感じられた。
「あ、後ろの彼は気にしないで。――えー、私はリンピアと言います。ソードさんがエスス魔術相談所で派遣社員として働こうと思ったきっかけは何かな?」
リンピアは改まった口調で俺に尋ねた。
「きっかけ? リチャードの紹介。それだけだ」
「正直だねぇ……」
「それ以外に何がある?」
「こういう時は、自主性をアピールするようなことを無理にでも言うもんじゃないの?」
リンピアは眉尻を下げ、溜め息をついた。
自主性? 仕事を探す理由でも答えればいいのか。
「金がないからな。ちなみに金がない人間兵器は俺だけじゃない。ヴェノムも金がないって言ってた。……うん。俺だけじゃないからな」
元勇者が手厚く待遇される時代じゃない。
人並みの生活を送るには自分で稼ぐしかないのだ。
俺が杜撰な性格ゆえに金がないワケではないことはアピールしておこう。
「ふむ……。例えば、元勇者はアークヴィラン・ハンターになる人が多いと聞くけど、ソードさんは?」
戦いに強いなら猶更ね、とリンピアは付け加えた。
実は最初にリチャードから紹介された仕事もアークヴィラン・ハンターだった。
力自慢ならヴィラン退治が一番稼げる。
でも、聖堂教会が雇い主になる――すなわち、DBの下に就くということに抵抗があったし、実際に大聖堂に訪れて確信したが、やはり俺はDBと仕事で関わるのは御免だ。
「ハンターには元勇者が二人もいるんだ。ヴェノムとアーチェだ。それで雇い主がケアだぞ。同郷の人間が先輩と上司になるなんて嫌だろ? 仲間と獲物の奪い合いなんて真っ平ごめんだ」
おまけに、片方の先輩は俺を恨んでいる。
「なるほど。言われてみれば確かにそうね」
「訳あって俺は、現代社会と長いこと疎遠だった。この事務所は街の住民と接する機会も多そうだから勉強になるかなって思ったんだ」
リンピアは目を見開いた。
「なーんだ。ちゃんとした理由があるじゃないの」
「多くは語らない主義なんでな」
「そうか。守秘義務も問題なさそうだね」
デスクの机から契約書を取り出したリンピアは、俺に向けてペンとともに並べた。
「はい、合格。今のソードさんで探偵稼業はどうかなって思ったけど、大丈夫そうだ」
「今の俺……?」
その口ぶりを指摘すると後ろの男が咳払いした。
リンピアは一瞬、しまった、という顔をしたが、笑顔で誤魔化してきた。
この二人、俺のことを知っていそうだ。
雇ってくれる礼だ。あえて触れないでおいてやる。
エスス魔術相談所での仕事は、派遣ということもあって普段は事務所に行くことがない。
俺の個人端末に依頼内容が送られてくるのだ。
依頼を達成したら、それに返信する。
依頼主から確認が取れたら、報酬が支払われる仕組みだ。
さっそく後で調査依頼を送ると言われた。
それまで東区と南区の境で見つけたボロい部屋で時間を潰そうかと思ったが、せっかくだからグレイス座の劇場の様子を見に行くことにした――。
「嫌だっ! まだ帰りたくない!」
「あのねぇ、公演は中止になったんでしょう。劇場もこんな状態だし、早く帰ってテストの勉強しなさい」
劇場の門をくぐると、庭園で大声をあげて反発するヒンダの姿が目に飛び込んだ。
言い合っている相手は――ヒンダの母親だ。
迎えに来てくれたようである。