90話 赤の弓兵vs金色の人形師Ⅱ
破壊された劇場座席を蹴り、舞台へ距離を詰める。
その時だ。
「そう。じゃあ、もうお終い――! その抜け殻に、せめてもの敬意を込めて手加減してあげていたけど、私が引導を渡してあげる!」
アーチェの怒声が劇場に響き渡った。
何をしでかすつもりだ?
明らかにアーチェから発せられる魔力が異質なモノに変化した。
アーチェは魔導銃を握る腕を、天に掲げた。
赤い魔力が全身から湧き出て腕へと集中していく。
すると、魔導銃の形状が魔力を纏うごとにどんどん変化し、ハンドガンから巨大な火炎放射器へと変わっていった。
同時に、激しいエネルギーの凝集音が轟く。
大技を警戒したパペットは糸を操り、自動人形をさらにアーチェに差し向けた。
だが、魔力放出を前に、すべて吹き飛ばされた。
「あんたみたいなマガイモノ、最初から――」
アーチェは目が血走っている。
闘志を燃やすかのように全身の赤い魔力が炎のように揺らめいた。
あんな力、俺も見覚えがない。
アーチェの能力は追尾矢と拡散弾の二つだった。
いや、そうか。あれはアーチェが集めた現代のアークヴィランの魔素の力――。
「この世から葬っておけばよかったんだわッ!」
呪詛の言葉を皮切りに魔力が解き放たれる。
エネルギーが限界まで凝集したのか、光が一点に集中し、アーチェの腕と融合した火炎放射器の砲身から何かが放たれようとしていた。
「――【掃滅巨砲】!!」
血の気が引いた。
アレはもはや砲弾というより範囲魔法だ。
アーチェの前方から広範囲に高出力の魔力が放出された。まともに喰らえば体が蒸発する。
俺は【狂戦士】を纏い、即座にパペットの前に躍り出て、その身を庇った。
――――……!
迫り来る高出力の魔力を全身で受け止めた。
防ぎ切った後、イカ・スイーパーの爆撃を受け切った後のように【狂戦士】の鎧が剥がれ切っていた。
「くっ、きっつ……」
蒸発するように鎧が剥げ、俺の姿がパペットとアーチェの狭間に曝け出された。
周囲一帯は焼け野原だ。劇場はもう見る影もない。
自動人形も焼失していた。
「あなたは……ソードさん?」
「大丈夫か、パペット」
「ええ、なんとか」
俺が壁になったことでパペットは無事だった。
対峙する赤い弓兵を俺は睨んだ。
「やっと来た? ……またそうやって良いとこ取りするんだ?」
アーチェも歯軋りしながら俺を睨む。
あの脅迫文を読んだ今となっては、もはや言葉は不要。それでも俺には、アーチェとの意思疎通が必要だった。
人間兵器を敵と認識するために――。
「久しぶりだな。アーチェ」
「久しぶり? あんたなんて悪名しか知らないわ」
「そうか。俺も有名人になったみたいだ」
良い意味でも、悪い意味でも。
王都に来てからチヤホヤされてきたというのに、今回ばかりは真逆だ。
「あんたは裏切り者。正真正銘のクズって評判よ」
「そりゃご丁寧にどうも。……俺のことは忘れたってか? パペットと同じで記憶喪失なのか」
「そんなガラクタの傀儡と一緒にしないで!
あんたこそ自分がしたこと覚えてないの? 九回目の魔王討伐で、あんたは仲間を裏切って逃げた。魔王退治から! そして仲間を見殺しにした!」
赤い髪を振り乱し、三白眼を向けるアーチェ。
歪んだ表情がまるで人間らしさを欠いていた。
人間兵器もここまで来ると獣のようだ。
「……あんたのせいで誰が死んだと思う? そこのお遊戯会みたいな衣装を着てるガラクタだって元は仲間だった。罪のない魔術師だって死んだわ! 私の仲間はみんな死んだの!」
朽ち果てた床に膝をついたままのパペット。
否、パペットだった女か――。
彼女は何を言われているのか、いまいち理解していないようだが、アーチェの号哭を前に心苦しそうに顔を顰めていた。
「お前こそ寝惚けてんじゃねぇか」
「は……。今なんて……?」
「俺が裏切ったのは五千年前。そう、五千年前だ。そんな大昔のこと、今さら引っ張り出してきて、こんなこと――」
劇場の崩壊がひどい。
座席も壁、舞台全体が瓦礫と化した。
オートマタも壊されすぎて人形劇団の運営も厳しいんじゃないか……?
この赤毛の女が拗らせた復讐劇のせいでだ。
劇を楽しみにしていたファンも多かったはず。
舞台の上で縛られたヒンダも、その一人だ。
「あんた、自分のしたことを棚に上げて、よくもそんな抜け抜けと……!」
「そうだ。俺は噂通りの裏切り者だ。でもな――」
「言い訳は聞きたくないッ」
言い訳なんかじゃない。
俺がこうして居られるのは皆のおかげだ。
間違ってなかったと教えてくれた、この時代の人たちのおかげなんだ。
「クズ勇者……開き直るなんて最低! やっぱりあんたは痛い目を見ないとダメ」
アーチェが手元に魔導銃を創り出した。
現代では弓よりも銃が主流らしい。
その銃口を、意識を失っているヒンダとスージーの二人に向けた。
「まずは私が味わった屈辱を思い知らせてあげる」
「なにをする気だ?」
「決まってる。見ればわかるでしょ?」
腕を伸ばし、ヒンダに銃を突きつけるアーチェ。
殺す気らしい。まさに悪党だ。
「――――」
一瞬の間、思考を巡らせる。
舞台の上までは最短二歩の間合い。
間に合うか?
アーチェが引き金を引くその前に、あの魔導銃を叩き落とせるか?
もう【狂戦士】も使ってしまった。
魔力放出による威圧で怯ませることもできない。
そもそもアーチェも人間兵器の一人だ。
俺と互角で渡り合えるし、飛び道具がある分、向こうに分がある。
「ここで躊躇うほど間抜けじゃないわ」
魔導銃のトリガーがゆっくりと引かれる。
俺が少しでも動けば一気に引き金を引くだろう。
「くっ……」
そのとき、パペットに声をかけられた。
「あの子は大丈夫です。さぁ、行ってください」
「大丈夫? どういうことだ」
「さぁ、早く!」
パペットに押され、そのまま俺は駆け出した。
動いてしまった以上はもう賭けだ。
最短でアーチェに肉迫し、魔導銃を弾き飛ばすために手刀を伸ばす――。
「馬鹿じゃないのッ!」
しかし、容赦なくトリガーは引かれた。
劇場に炸裂音が響いた。