88話 王城地下調査
宮殿には一人でも迷うことなく来れた。
北区には荘厳な王城。西区にはユミナタワー。
この二大ランドマークさえ見失わなければ、都会のごちゃごちゃした雑居な街並みでも方角は分かる。
これでもう迷子とは無縁だろう……。
しかしまぁ、東区から見ると、近代的なビルや異国情緒漂う歓楽街から垣間見える古風なハイランド王城という組み合わせが、いかに現代の王国が多種族国家として繁栄したかがよくわかる。
もう少し景観に配慮はなかったのか。
古代人の俺には、どうも異質すぎる風景だ。
スージーに情報端末で連絡を取ると、ヒンダのことはそのままグレイス座で預かるというので、任せることにした。
もはや押し付けである。
でも、俺と行動するよりヒンダも楽しいはずだ。
俺はヒシズ王女と合流する――。
「ようこそ。ハイランド宮殿へ」
宮殿の入り口となる庭園まで出迎えたヒシズは、あらためて俺を歓迎した。
紺を基調としたワンピース姿が気品を漂わせる。
昨日の薄化粧と違ってメイクも少し濃い。
「それで、どこから調べてくださるの?」
「まず王城の地下通路だ。それから遠目でいいから、あんたの家族も見てみたい」
「なるほど。いいですわよ」
庭園を抜け、宮殿内から王城の渡り橋へ向かう。
王女と同行する野戦的な格好の俺に、宮殿を行き交う使用人たちから奇異の目を向けられた。
こっちはドレスコードなんて聞いてない。
件の渡り橋の上を通って王城に向かった。
「ここからだと城下町がよく見えるな」
丘の上に建てられた王城らしい光景だ。
南を向くと、正面に王都の街、左手に宮殿庭園、右手に旧城門と吊り橋という光景が広がっていた。
橋の下は切り崩された崖のようだ。
崖下の地中にグウィッド王子が通り抜けた地下通路が繋がっているのか……?
「昔の王政から時代も変わって、議会の場は別に移りました。王城ももう遺跡みたいなものですわ。たまに慣例的な儀式は行いますが……」
「ヒシズは隣の宮殿に住んでるんだな?」
「そうです。王城は遺跡、宮殿はわたくしのような王家が暮らす公邸、宮殿内の『ハイランド王室』が執務の窓口になっています」
王室の受付にはスージーと一緒に行った。
そういえば、まだこの時代の政治事情をよく知らなかった俺は、ヴェノムと再会したとき、ハイランド王の命令で動いてるのか、と尋ねて「まだ寝惚けてるな」と笑われたことがある。
もう絶対王政って時代じゃなさそうだ。
笑われたのも頷ける。
半ば遺跡と化した王城に入った。
掃除は行き届いているようで埃っぽさはない。
「こちらが地下へと続く階段ですわ」
重苦しい雰囲気の通路を通り、階段を下りていく。
雰囲気的はタルトレア大聖堂と似てるな……。
螺旋階段で先が見えない。しかも、かなり深い。
降りきった場所に鉄の扉があり、そこを開けると真っ直ぐ一本道の通路が繋がっていた。
「そもそもこの地下は何のために造られた?」
「わたくしもよく知りませんけれど……。昔は闇の深い儀式をしてたようですし」
「闇の深いって?」
「捕虜を捕らえる牢屋とか、拷問部屋とか、魔術の研究室なんかも用意されていたと聞きます」
「魔術の研究か……」
メイガスのことを思い出した。
基本的に俺も魔力を使いこなせるが、人間兵器は魔力を魔術へ応用するより、各々の特殊能力を行使する燃料として使っていた。
俺の場合、【狂戦士】と【抜刃】だ。
アークヴィランの魔素も、魔術と同じ原理で発動するのだから、アークヴィランと魔力には何か関係がありそうだ。
通路の突き当たりにぶち当たった。
そこを曲がると、また真っ直ぐ通路が伸びる。
ここが問題のグウィッド王子が一瞬で姿を消したという曲がり角らしい。
「……」
入念に壁を調べた。
隠し部屋があるような雰囲気はない。
「ちょっと潜って調べてみるか」
ここで【潜水】の出番だ。
用意しておいたロープをヒシズに持っててもらい、壁をすり抜けて中の様子を見てみることにした。
【潜水】で壁を抜けると、ヒシズが悲鳴を上げた。
「い、今時の勇者は壁も通り抜けるのですわね」
「わりとやりたい放題だぜ」
「羨ましいですわー……」
「羨ましい?」
「い、いえ、なんでもありませんっ」
この王女に与えたら本気で何をしでかすか分からない。
犯罪色が強まる。
潜水して壁の中を泳いでも暗闇が広がるばかりだ。
向かうべき方角がわからないから、やみくもに突き進んでみるしかない。
【潜水】の欠点は、そこだ。
壁をすり抜けられるといっても先は見えない。
長く潜っていると方向感覚を失うし、長い距離を潜水して特定の場所へ忍び込むのも至難の業。
壁のすり抜けやかくれんぼでは役立つだろうが。
しばらく腕を伸ばして漂っていたら、手先が壁をすり抜けたのを感じた。どこかの空間に出たんだ。
「お? 当たりか?」
壁から顔を出してみる。
その先には、配管の鉄錆臭さが充満していた。
暗すぎてよく見えないが、赤ランプが点滅したり、剥き出しの配管から蒸気が漏れてたり……と、この光景は何処かで見覚えがあった。
「ここって……?」
ふと思い出した。
ゲーセンから地下迷宮に迷い込んだ時のことを。
あのときの通路と一緒だ。
「あの迷宮、こんな場所まで続いていたのか」
首を回して右や左を確認してみると、死角に入った風景から様相が変わっていった。やっぱりだ。
不用意に長居すると引き返せなくなるだろう。
ロープを辿って戻ることにした。
戻った俺を、ヒシズは不安そうな様子で迎えた。
「どうでした……?」
「この事件、根が深いかもな」
「え、どういう意味でして……?」
仮にグウィッド王子が地下迷宮を通って宮殿に戻ったのだとする――。
構造が変化する迷宮なのだ。
知らぬ間に宮殿への抜け道が出来て、そこを経由して戻るのも不可能じゃない。
でも、それは狙ってやらないと不可能だ。
迷宮探索の得意な勇者ですら【潜水】の力を借りないと出れなかった迷宮だ。
この迷宮がグウィッド王子にコントロールされたものである可能性が高い。
差し詰め、これは魔素の力――。
アークヴィランの能力の可能性が高い。
「グウィッドに会えるか? あんたの兄貴の」
「どうでしょう。宮殿のどこかには居ると思いますけれど……。あの、どういうことか教えてくださる? お兄様に何か……」
ヒシズは不安そうに俺の顔を覗き込んだ。
今までの証言を踏まえると、王家の人間がおかしくなったのはグウィッドが原因の可能性が濃厚だ。
地下迷宮を作ったのもグウィッドかもしれない。
ここから宮殿へ通過するなら、迷宮そのものの支配権がないとできないだろうから。アークヴィランの力か何かで迷宮を作ったんだ。
王子がそのアークヴィランの憑依になったとか。
「そうだな……。どう話せばいいか」
言葉に詰まる。
兄さんがアークヴィランに憑依されている。
そんな話を藪から棒に伝えるのは憚られる。
ちょうど地上に出ようと階段を上がっていたとき、王城の外が騒がしくなっていることに気づいた。
雑踏やどよめきの声が聞こえてくる。
「なんだ?」
「ちょうど城門の方からですわ。行きましょう」
宮殿ではなく王城の敷地というのが気になる。
この狙い澄ましたようなタイミング。
嫌な予感がした。
 




