9話 瘴化汚染と新たな敵
ラクトール村。
そこはハイランダー王国近郊に位置する村だ。
この村は元々、身を清める禊の地だった。
『精霊の森』には時を司る精霊・オルドールが棲むという言い伝えがあり、この精霊に民は運気上昇を期待して訪れる。
参拝前に利用されていた休み処が発展したのだ。
その精霊・オルドールには付き人がいた。
"時"を司る精霊が由来し、付き人一族は「タイム」の姓を名乗るようになった。
なぜこんな昔話を語るかというと――。
「君にはシズクが世話になったみたいだが」
タイム家の当主と話すことになったからだ。
俺は格式高そうな家の大広間へ通され、床に座らされている。
タイム家の当主はナブト・タイムというおっさんだった。
茶髪に色黒。タフそうなおっさんだ。
彼がシズクの父親だそうだ。
全体的に色の薄いシズクと正反対だった。
「世話になったのはこっちだ。村に案内してもらった」
「謙遜するな。君はプリマローズを外に連れ出した。それは我々にとっては大きな一歩なんだ」
「いや、それは勝手にアイツが……」
俺は"魔王"をチラ見した。
ピンクの魔王は縄に縛られ、隅っこでしゅんとしている。
「あの悪鬼、東の瘴化汚染をなんとかすると言いながら我が家に居座り、ゲームばかりしていて困っていた」
「マナディクション?」
「知らないか? ここから東一帯が砂漠化してるだろ」
精霊の森から東に出た所は、確かに砂漠だった。
やはり異常な環境変化か。
「アレも徐々に浸食が進む。いずれ精霊の森やラクトール村に届き、人が住める土地ではなくなるだろう」
ナブトは物憂げな表情を浮かべた。
まなでぃくしょん、ってのは初めて聞く単語だが。
「それは、元に戻せるのか?」
「瘴気の汚染源を排除すれば、元に戻る」
「……? 汚染源?」
俺が何一つ理解してないので、ナブトは困惑した。
俺の方も困惑している。
砂漠を超えなければ、シールに辿り着けない。
シールを起こさないと俺は真の自由を手に入れたとは言えない。
今回は目覚めてから意味が分からないことばかりだ。
村の家々が四角い箱だらけだし、ゲームとかいう謎のオモチャもあれば、マナディクションとかいう謎の異常現象も起きている。
正直、ついていけない。
覚醒の度に数百年単位で眠っては目覚めを経験してきた俺ですら、これほどの環境変化は初体験だ。おまけに今回は、50年ほどしか眠っていないという話だから余計に。
……ん? 待てよ。何か変だ。
そもそもタルト聖堂騎士団が俺を目覚めさせた時。
あの時、ちゃんと巫女も神官もいた……よな?
その瞬間だけ違和感がなかった。
あいつは一体なんだったんだ?
奴らが俺を起こした目的は魔王退治の為じゃなかったのか?
魔王はここで人間と共生しているのだから、既に脅威と言える存在ではない。となると、今の人類にとっての脅威とは――。
「アークヴィランじゃ」
背後から魔王が代わりに答えた。俺は振り向いた。
否、元魔王と言うべきか。
アークヴィランという名前はマモルも言っていた。
「勝手に喋るなっつーの」
「ほにゃ!?」
ごーん、という鈍い音が鳴り、魔王はまたうな垂れた。
プリマローズの背後に佇む大槌かついだ女が、またフルスイングしたのだ。
「にゃふ~~……」
魔王の頭を鐘のように豪快に叩いたのは、きっちりしたボタン留めのジャケットを羽織り、ハーフパンツから生足を晒す茶髪の少女。
その奇抜な格好はサーカスの座長のようだ。
自己紹介もまだなので誰かわからない。
さっき魔王に殺されかけたのを助けられた。情けない話だが。
その謎めいた力は測り知れない。
「ったく、いつまでこんなチンチクリンに頼るつもりだ?」
「やめなさい、ヒンダ」
茶髪の少女はヒンダと云うらしい。
「早くしないと、ここは砂の惑星になるよ」
「金槌は人を叩くものじゃないぞ」
「人じゃないからいいんだよーだっ」
あっかんべーする茶髪の少女、ヒンダ。
魔王の頭にここまで的確にフルスイングを決められる逸材は数千年に渡ってこの少女だけなんじゃなかろうか。
普通だったら簡単に回避されるだろう。
「だからさ、あたしらでさっさと倒しちゃおうって言ったんだ」
「アークヴィランは簡単には倒せない。アレは"外側"からやってきた侵略者だ。人間の手ではどうにもならない」
「でもシズクとマモルが言うには、剣の勇者も祠にはいなかったんだろう? もうなーんも当てにできないじゃん」
ヒンダは口を突っぱねた。
剣の勇者本人である俺には、ちょっと耳が痛い。
期待外れとでも言われた気がして胸に刺さる。
シズクにも嘘をついてしまった。
「とにかく、アークヴィランのことはもう少し待て」
「そうやってのんびりした結果、どうなったさ? 畑も川原も干ばつで消えちまった……! 王家の連中もトンズラの準備を始めてるって聞いたぞ!」
ヒンダは恫喝するようにナブトに叫んだ。
村の窮地。国の支援も無し。
おう。まさに勇者の出番に持ってこいな状況。
でも、俺は勇者を辞めたんだ。
同情で人を助けてもロクなことにならない。
これからは自分のメリットになるかどうかで協力するかどうかを考えたい。
……しかし、アークヴィランとは何だろう。
東平原の砂漠化の原因がそれで、そいつを倒せばシーリッツ海に行きやすくなる、というなら協力してやってもいいかもしれない。
「とにかく落ち着け。子どもが出しゃばっても良いことないぞ」
「あたしを子ども扱いすんな!」
ヒンダは怒って立ち去ってしまった。
立ち去る直前、プリマローズをもう一度ハンマーで叩いていった。
完全に八つ当たりである。
哀れに思い、痙攣するプリマローズに声をかけた。
「だ、大丈夫か、プリマローズ?」
「うぅ、これが今の魔王の扱い……。現実逃避もしたくなろう」
「気持ちはわからなくもない」
俺も人間の傲慢さが嫌で勇者を辞めた。
「ソード……妾の頭をナデナデしてたもれ……」
「するわけねぇだろ」
元勇者に魔王が甘えるって誰が予想したよ。
そもそもお前さっき俺を殺そうとしただろ。
「ところで」
プリマローズが手招きする。
耳打ちしたいらしく、俺の耳元に顔を近づけた。
「真面目な話じゃ。今晩、部屋に来い」
「お前、またやましいことを……」
「そなた、今の世界に違和感だらけじゃろう?」
プリマローズの瞳が真に迫るようだった。
俺の心情を見透かしている?
話を聞く価値はありそうだ。