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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第2章「人間兵器、将来を憂う」
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87話 酒場シムノフィリア


 ヒシズが手首の情報端末(プライミー)を翳してきた。

 突然だった。


「なんだ?」

「これは報酬の前払い分ですわ」


 意味がわからない。


 スージーが耳打ちで教えてくれた。

 プライミーは互いの端末をタッチすれば連絡先を交換できるらしい。

 この手のことは現代の老人以上に知らねえ。


「報酬って、連絡先の交換が?」

「王女であるわたくしと連絡が取れるのですよ。十分な褒美でしょう?」

「……」


 連絡を取りやすいのは便利だが、別に嬉しくない。

 ちなみに俺の着信履歴はシールだけだ。


「あっ、申し訳ありませんけど、スージーさんには教えられませんわ。王族の個人情報は極秘ですから」

「別にいいですけど……。あ、でもソードさんのは知りたいな。いいですか?」

「好きにしてくれ」

「やったーっ」


 スージーは自分と俺のプライミーを手早く同時に操作して登録した。


「ありがとうございますっ。ああ……ソードさんの番号だ……えへへ……」


 スージーはプライミーに頬擦りして喜んでいた。

 それを見た王女は何故かむっとした表情で、何やら語気を強めて言い放った。


「やっぱり貴女の番号だけでも教えてくださる? 今日の話を聞かれてしまったからには、野放しにするわけにもいきませんわ」

「えっ、なんか私、脅迫されてます?」

「大丈夫です。悪用は……しませんから。多分」

「多分!? 今、多分って言った!」


 この二人、意外と相性が良いのかも。

 ふと隣の席を見ると、ヒンダが料理をとっくに平らげて眠っていた。

 さっきから反応がないとは思っていた。

 スージーもヒンダの顔を覗き込んで微笑んだ。


「疲れて寝ちゃったんだ。グレイス座からずっと付き合ってくれてたもんね」

「そういえばグレイス座……」


 ヒシズが呟いた。


「グレイス座がどうかしました?」


 訝しげにスージーが反応する。

 また脅迫されるのではないかとビクビクしているようだ。


「いえ、なんでも。パペットさんはお元気?」

「元気ですよ。座長と知り合いなんですね」

「もちろんですわ。パペットさんとは、私も昔から懇意の仲ですわ」


 王室が運営しているのだ。

 ヒシズとパペットに繋がりがあっても不思議じゃない。

 それを聞き流しながら、俺はまったく別のことを考えていた。


「ああ、やっちまった……」


 ヒンダの寝顔で我に返る。

 今の俺は壊れた人形の運び屋でも、王女を救う勇者でもなく、一人の少女の子守り役だった。


「ヒンダの宿を取ってない。ついでに俺も」

「あれ、今日はお母さんは一緒じゃないんですね?」

「なぜか母親から俺に託されたんだ」


 スージーは一瞬驚いたが、一緒に考えてくれた。


「さすがにソードさんと同じ部屋に泊まるのも色々マズいですよね。よければ私が預かりますよ?」

「本当か!?」

「はい。私の家、近くなので安心してください」

「それは助かる……」


 スージーが居てくれて助かった。

 さらに俺の宿の手配も『シムノフィリア』の店主に相談してくれるみたいだ。この酒場は入りやすい雰囲気もあってか旅人客も多く、客が酔い潰れた後に店主が宿に連絡することもあるそうだ。


「助かった……。本当に助かった」

「いいんですよ。こんな私でも、お役に立てて嬉しいです」



 だいぶ夜も更けてきた。

 明日からは王女様の頼み事の調査もある。

 そろそろお開きにしようということで、ヒシズは臣下をプライミーで呼び出し、大型のアーセナル・マギアに乗って宮殿に帰っていった。

 脱走は大変だったのに、帰りはあっさりである。


 スージーは夜道が怖いそうで送っていくことになった。

 その間に店主が宿を確保してくれるらしい。

 他愛のない雑談をしながら二人を送り届け、俺はシムノフィリアに戻った。


 店主の男はグラスを磨いていた。

 もう店仕舞いなのかもしれない。他の客は既に帰っていて、店の灯りも最小限にされていた。


「お疲れさま。宿は押さえておいたよ」

「助かった。ありがとな。……えーっと」

「自己紹介がまだだったね。僕はリチャードだ」


 俺も名乗ろうとしたら人差し指を立てて止められた。


「ソード君だろう? さっきの話、聞こえたからね。驚いた。あの伝説の剣の勇者がこんな店に来るなんて」

「スージーの紹介だ」

「はは、彼女には一杯サービスしておこう」


 リチャードは俺が来たことが嬉しいようだ。

 俺にもサービスで一杯だけ奢るというので、カウンター席に着いてご馳走になることにした。


「世界では勇者がまだ活動してるんだってねぇ」

「らしいな」


 蒸留酒を一口飲んだ。酒なんていつ以来だ。

 俺の反応が他人事のようで面白かったのか、リチャードは笑っていた。


「僕はお目にかかったことないよ。君が初めてだ」

「専らアークヴィラン狩りをしてるって言ってたな。二号(アーチェ)三号(シール)七号(ヴェノム)。他の奴らは……まぁ色々だ」


 四号(パペット)五号(ケア)は王都にいる。

 六号(メイガス)は……もう会うことはできないだろう。

 そう思うと自然と言葉に詰まった。


「そういえば、君の噂は聞いたことがなかったな」


 当然だ。50年も眠っていたんだから。

 俺が活動していた頃、リチャードは生まれてない。

 それを言えば、以前の俺を知る人間なんて一握りだろう。ロック爺さんのような存在が稀有なのだ。


 以前の俺は人と接点を持たず、ひたすらアークヴィランを倒し回っていた。その限られた出会いの中、もしロックのように出会った人間がいても、もうとっくに老人か、墓の中。

 人間の寿命は短いんだ。


「何か事情がありそうだね。今回はなんでまたハイランド王都に?」

「そうだな……」


 蒸留酒を飲み干し、追加でもう一杯頼んだ。

 リチャードが酒を用意する間に思いを巡らせる。



 俺は、思うことがあってラクトール村を離れた。

 新しい目的ができたんだ。

 シールから今のパペットの正体がアークヴィランだと聞かされたとき、どうにも言い表せない気持ちが芽生えた。


 ミクラゲを倒すまで、アークヴィランこそ現代では敵なのだと確信していた。

 でも、そうじゃない……。

 人間に寄生する外宇宙の魔素。

 寄生された人間は知らず知らず、侵略を開始する。

 瘴化汚染(マナディクション)を引き起こす環境破壊の原因となる。


 ――じゃあ、人間兵器(おれたち)はどうだ?


 不死身の肉体、それぞれ特殊な能力を持ち、圧倒的な力で人間を凌駕する。

 倒すべき魔王がいない人間兵器。

 心に隙ができれば力に支配される人間兵器。

 死んでしまえば、体を乗っ取られる人間兵器。


 俺やパペットがその代表例だ。

 なら、俺たちもアークヴィランと同じじゃないか。

 人間のようには死ねない人間兵器は、いずれ全員乗っ取られるんじゃないか?

 じゃあ、俺たちの存在意義って……。



「自分探しの旅、かな」


 ひねり出せた言葉がそれだった。


 我ながら馬鹿かと思う。

 思春期の子どもじゃあるまいし。

 笑われると思ったが、リチャードは穏やかな目で俺の言葉を受け止めた。


「そうか。自分探し、ねぇ……。

 この店に来る旅人にも、似たようなことを言う若者はいるけれど、君の場合、もっとずっと意義のあることなんだろうね、その自分探しは」

「あんたたちとは時間感覚が違うからな」

「君はそんな若そうな見た目だけど、もう何百歳って年齢なんだろ?」

「6000歳くらいかな」

「6000歳……」


 実際はもっとかもしれない。

 俺たちの人生は、勇者として目覚めさせられた第一回目から始まったことになっているが、それよりずっと前から生きていた可能性もある。

 それこそ普通の人間として――。


 DB(ケア)なら何か知っているだろうか。

 俺はまったく覚えていない。


「永遠の命か」

「なんだ、マスター。羨ましいか?」


 リチャードの肌には少し皺がある。

 やや童顔だが、多少、歳は食っている。


「若さは羨ましいよ。でも……」


 リチャードは虚空を眺めていた。

 果てしない未来を想像しているようだ。


「君にとって"時間"は僕たち人間とは全く別の意味を持つのかもしれない」

「時間?」

「時間だ。人生は限られた時間しかないからこそ良いこともある。必死になって生きることができるし、些細なことが嬉しかったり悲しかったりする」

「俺だって些細なことで悔やむが――」

「人間はその経験が僅かしか手にできない」


 リチャードは言い返そうとした俺に言葉を重ねた。


「いや、僅かで済む(・・・・・)、か」


 それは幸せなのかもしれない。

 あまりに多くのことを経験すると、心がパンクする。俺のように。

 リチャードはそう言いたいのだろう。


「時間が無限なら何でもできる。

 でも人間の場合、終止符を打ってくれる存在がいるんだ。幸にも不幸にも。

 病気か、怪我か、自然災害か、あるいは神様かもしれない」


 自然か。神か。

 俺の祠がある『精霊の森』は、時の精霊オルドールが棲むと伝えられていた。

 そのゆかりの地に封印されたのは何かの縁か。


人間兵器(きみたち)の場合、自ら終止符を打たないんだろうね。その運命に」

「なるほどな……」


 リチャードとの会話は実りあるものだった。

 俺たちは、不老不死の代償として自ら終止符を打つ。

 他人は尻拭いしてくれないんだ。

 だからこそ、覚悟を決めなければならない。


「ありがとな。自分探しが捗りそうだ」

「それは良かった。またいつでも話をしに来てくれ」

「もちろん」


 シムノフィリア。また来たい店だ。



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