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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第2章「人間兵器、将来を憂う」
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86話 王家の異変Ⅲ


 スージーが案内したのはディープな歓楽街。


 東区でも庶民向けの南方エリアだった。

 古びた老舗の店が多く、石畳の狭い路地には大樽が並んだ光景が目につく。


「なんでこんな雑多な場所に?」


 スージーは困り顔を向けてきた。


「そりゃ私だっていろいろ考えましたよ? 最初はソードさんをお連れしての食事だと思っていたので、もっと高級オフィスのオシャレなお店を選びたかったんですが……」


 頬をぽりぽり掻きながら、スージーは「誰かに見られても自慢になりますし……」と小声で囁いた。

 聞こえてないつもりだろうが、丸聞こえだ。

 というか王女も一緒なんだし、猶更もっと高級な店を選ぶべきだろう。


「今は人目につくのはマズい気がして」


 スージーはヒシズ王女に目配せした。

 ヒシズは道端の大樽を物珍しそうに撫でている。

 さすがにこんな場所は初めてのようだ。

 一応、騒ぎにならないように外套のフードを目深に被って素顔を隠していた。



「あれ? ここ『シムノフィリア』じゃん」

「ヒンダちゃんは二回目だったっけ?」


 スージーが足を止めた店の看板を見上げる。

 ヒンダが言った店名が書かれていた。


「うん。スージーちゃんの行きつけでしょ。卵生地の上に乗せた山盛りのフィリア麺が美味かったな」


 ヒンダは食通(グルメ)だ。

 わりと諸外国の料理に詳しかったりする。

 本人曰く、フィリアという自然豊かな国の料理が美味いらしい。文化や技術力はハイランド王国に劣るようだが、肉や乳、麦の生産が盛んなのだとか。



 特徴的な緑色の木製扉を開けて中に入った。


「いらっしゃい。――おや? スージーかい?」

「マスター! 久しぶり~」


 店内はウッドデザインが際立つ内観だった。

 わざとだろうが、(はり)も剥き出し。

 天井も高いし、ロフトもあって近代的な鉄筋だらけの建物より旧時代の雰囲気を醸し出していた。


 昔の勇者時代によくあった酒場を思い出す。

 何人か客もいた。


「マスター、あっち空いてる……?」


 スージーが人目を気にしながら奥の扉を指差した。

 カウンターに隣接した奥まった場所だった。


「ちょうど客が出ていったところだ。いいよ」


 店主はおどけた表情で俺たちを通してくれた。

 人形劇団員、フードの女、奇抜な服装の少女、大荷物を肩に担ぐ男という面々に眉を顰めている。常連のスージーがいなかったら、さらに警戒されていたかもしれない。


 個室は思ったより広かった。

 店主の趣味か、背の高い観葉植物も飾ってある。


「――さてと」


 注文も済ませ、件の人物を見やる。

 既にフードは取り、ボリュームある純白の髪を電灯に晒していた。


「さっきの話の続きだ」

「勿論。でも、ご内密にお願いしますわ」


 ヒシズはスージーを見ていた。

 今までの会話で、スージーが口の軽い性格に見えたのかもしれない。


「わかってますよっ。それとも席外します?」

「いいえ。ここに来てしまった時点で最後までお付き合いいただきます。尾を踏まば頭まで。毒を喰らわば皿まで。ですわ」

「それ、悪人が開き直るときのセリフな……」


 相変わらず王女の言葉選びは絶妙に悪党だ。

 王への不信感について、ヒシズは説明した。

 他の兄弟のこともだ。

 概ね、ラトヴィーユ八世に対する違和感と似たようなものだが、気になる証言があった。


「お兄様が……兄のグウィッドがおかしくなってしまった時、原因を探ろうと尾行をしていたのです」

「やり手だな」


 今回の逃亡もそうだが、ヒシズは行動力がある。


 グウィッドはハイランド王家の第三王子だ。

 留学経験も豊富で外交的。

 ラトヴィーユ八世の政策に倣い、独自のアークヴィラン対策も提案するなど、世界環境に関心が高く、次期国王候補として支持されているそうだ。


「夜な夜な王城の地下に出入りするので、何をしているのだろうと思ってついていくと、地下通路の曲がり角を曲がった直後、忽然と消えたのです」

「消えた? 見失ったんじゃなくて?」

「いえ……本当に消えたようでした。だって地下通路は一本道ですわよ。街中でもありませんし、見失うなんてありえません」


 どういうことだろうな。

 一本道の通路で、人を見失う可能性。

 人混みに紛れたとか逃げ足が早いとかでもなく。

 隠し扉……?


「その地下の構造はヒシズも詳しいのか?」

「詳しい? そんなまさか……。王城なんてもう古代遺跡のようなものですもの。普段、人の出入りなんてありませんわ。兄も詳しくないはずです」

「隠し扉に入ったとか?」

「うーん……」


 ヒシズは眉間をとんとんと叩いて熟考した。


「わたくしも気が動転して見落としたかもしれませんけれど、そんな見通しの悪い通路ではありませんわ。――それに、もっと変なのはその後です」

「何かあったのか?」

「わたくしはお兄様を見失った後も、王城から出てくるのをずっと待ち続けていました。王城と宮殿は"渡り橋"でしか行き来できませんから、そこを張っていればいつか現れるだろうと……。でも一向に現れず、諦めて宮殿に戻ると、お兄様はもう宮殿にいました」


 話を聞いただけでは、渡り橋というのを通らずに地下通路を経由して行き来したと考えられるが。

 そう指摘すると、ヒシズは強く首を振った。


「宮殿に長いこと暮らしていますが、そのわたくしが渡り橋以外の通路で旧王城に行けるのを知らないなんて、そんなはずありませんわ……」


 ヒシズは憔悴したように項垂れた。


「もうわたくしも何がなんだかわかりません。最近の家族や王宮は変なことばかりが起こって、わたくしも混乱していますの」


 暮らし慣れた生活環境を脅かされる恐怖。

 憔悴した顔からそんな感情が読み取れた。

 人間の環境を脅かすという話は、どうもアークヴィランと結び付けがちだが、真相は果たして……。


「勇者様、どうかわたくしを助けてください」


 ああ、そのセリフは――。


 もう随分、昔のことのように思える。

 救いを求める王家の人間の顔が浮かび、ヒシズと重なった。

 その願いの裏には醜悪な人間のエゴがあった。

 それに嫌気が差し、かつて裏切ったのだ。


 でも……。



『剣の勇者様の裏切りのおかげで、この時代ではアークヴィランに対抗し続けることができた。わたくしもそう信じてますわ』


 ヒシズの言葉に、俺も救われた。

 少なくとも王女は俺を心から信望している。


「どちらにしろ現場を調べる必要があるな」

「で、ではっ……」


 ヒシズが目を輝かせた。

 助けてくださるのですね、と蒼い目で訴え、返事を待っている。


「どうせ俺も仕事の宛てがないし」

「ありがとう。――ふふ、裏切りの勇者。やはり貴方は歴史学者のプロファイル通りの"人間"でした」

「ん?」

「いいえ。歴史に造詣の深い者ほど、あなたのことが好きだということですわ」


 そういえば、シズクもそうだったか。

 思っていたより現代も捨てたもんじゃない。



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