83話 王女様は鬼ごっこがお好き
◆
仇敵を見つけた。
本当に、のこのことやってきた。
「ソード……。ソードだ……」
アークヴィランハンターの情報網で、アーセナル・ドック・レーシングの第24回大会優勝者を王都で見たことがあるという情報があった。
ゲームセンターで腕相撲をしていたそうだ。
どこまで呑気なのだろう。
道楽に興ずる裏切り者が憎らしく思えた。
……しかし、こうしてソードを発見できた今に思えば、アークヴィランハンターをやっていて良かったとも思える。情報が手に入ったこともそうだが、この怒りを自身の中で確固たるものにできた。
あの男は忌み敵。仲間の仇だ。
そう思うと、自然と魔力が滾った。
燃え盛る魔力は闘志の炎。
私を私たらしめる反逆の烽火だ――。
「…………っ」
血が噴き出るほどに唇を噛みしめた。
目が合う――。
確実に、目が合ったはずだ。
向こうも十八番の【抜刃】で剣を抜いた。
好戦的なのは好都合。
こちらも十八番の弓術で、見下げた性根をその身諸共、貫いてやろう。
いや、しかし――。
ここで狙撃するだけで私は満足できるか?
あの男を矢で貫くだけで復讐は終わるか?
否。そんなことはありえない。
今でもメイガスの無残な死に際を思い出す。
あの時の無力感を、あの時の悲痛な叫びを、忘れられるはずがない。
そうだ。同じ目に合わせてやる。
仲間の無残な死を目の当たりにしろ。
無力を味わい、辱めに沈み、息絶えろ。
それこそが一番の復讐劇だろう?
「そうね。ククク、もう少し……もう少し……」
ある意味、怒りを溜め込むのは快感だ。
腹の内で燃える反逆の烽火が全身を駆け巡る。
ソードの傍にいる女と少女が目についた。
ふーん。それが今の仲間ってわけ?
尾行するべく、私はユミンタワーから撤退した。
◆
王室は、ハイランド王家の宮殿の中にあった。
宮殿と言っても、古い城壁が残されているわけでもなく、改装に改装を重ね、近代的な建物に変わり果てていた。
雰囲気は残そうという心意気は感じる。
石造りの城門があり、その手前には吊り橋もある。
5000年前の記憶が残る俺にも、その努力は感じられたものの、当時の王城の威風を完全に再現できているとは言えなかった。
今では、東区の高層ビル群の方がよっぽど壮大だ。
そんな現代風の城を眺めながら、吊り橋を渡って宮殿の敷地内に入った。
豪奢なシャンデリアに赤の天鵞絨。
廊下を素通りして、事務局まで歩を速めた。
王室の事務局が閉まる時間が迫っているらしい。
滑り込みで無事にスージーと壊れたオートマタを送り届けることができたが、俺の頭には未だに赤い影のことでいっぱいだった。
嫌な予感がする……。
何故か、あの「赤」には懐かしさを感じるのだ。
どこかであの魔力を感じたことが?
「どうしたのさ、ソード。辛気臭い顔して」
ヒンダが興味津々で俺の顔を覗き込んだ。
心配しているというか、スージーが申請手続きを終えるまでの暇つぶしのネタを探しているようである。
「なんでもねぇよ」
「あぁ~?」
ヒンダはつまらなそうに悪態をついたが、この手の危険な話には関らせたくない。断固として突っぱね続けたら、ヒンダも珍しく引き下がった。
このことは詮索しないでくれると助かる。
「――殿下、困りますっ! 戻りなさい!」
長い廊下の奥が騒がしかった。
ドタバタと足音がこちらに迫る。
声の方を見てみると、曲がり角から走ってきたのは白い肌に純白のウェーブがかった髪を振り乱して駆ける、清楚なブラウス姿の女だった。
「あら……ちょうどいいところに……っ」
女は俺たちを横切る寸前で立ち止まった。
「誰だ、アンタ?」
「この荷台、貸してくださらない?」
女が指差したのは俺がせっせと運んだ荷台。
壊れたオートマタは事務局に積み下ろしたばかりで、荷台は空だ。
「何に使うんだよ?」
「問答無用っ。失礼しますっ」
女は荷台に入り込み、屈んで身を隠した。
直後、太っちょの初老の女がヒィヒィと息を切らしながら廊下を駆けてきた。俺たちに一瞥くれたが、急いでいるようで、そのまま通りすぎていく。
目が血走っていた。かなり本気だ。
「……ふぅ。助かりました」
女が安堵の息を漏らし、荷台を降りた。
くりっとした蒼い瞳をきょろきょろ動かし、警戒した様子で目配せしている。
どう見ても逃亡犯だ。
――殿下。そう呼ばれていたことからも、女がやんごとなき身分であることは言うまでもない。
「俺たちを逃亡劇の共犯にする気か?」
「逃亡? あぁっ、えーっと……」
女は蒼い瞳を泳がせて、言い訳を探している。
目線は右上。嘘をつく人間の目だ。
続けて、毅然とした態度で女は言い放った。
「コホン。……これは、鬼ごっこですわ」
「嘘つけ。追いかけてた側は遊びじゃなかったぞ」
「そ、そう。本気の鬼ごっこなのです」
「本気にしてはフェアじゃない。鬼役は、体格も年齢も追いかける側に向いてない。アンタの方が逃げられて当然、って勝負に見えるが」
「ああっ……もうっ。洞察力が高いですのね」
俺の追及に女は狼狽した。
指先をしどろもどろに動かして、どうしていいか分からない様子だ。
ヒンダが俺の袖を引き、注意を引いた。
「ソード、この人、王女様だよ。
ヒシズ・タルトゥナ=ド=ロワ王女。よくテレビにも映るから王族内でも有名な人だ。すごい……こんな所で会えるなんて」
「王女殿下……」
やはり王家の人間だったか。
王族特有の純白の髪と蒼い瞳で察していたが。
よく見ると、勇者全盛時代にもお世話になったお姫様の面影も感じる。昔のお姫様は、もっと慎ましさがあったけど。
「くっ、バレてしまったら仕方ありませんわ!」
「王女のくせに悪役みたいな台詞を吐くなよ……」
おてんば娘。そんな形容がぴったりな性格だ。
ヒシズは洞察力豊かな俺に身構えていたが、はっとして眉を顰め、俺の見てくれを吟味し始めた。
「あら? それより貴方、どこかで見たことが……」
ヒシズが顎に手を添え、まじまじと俺を見た。
このやりとり、王都に来てから何度目だ?
どうせまたアーセナル・ドック・レーシングの優勝者として見覚えがあるだけの――。
「ややっ!? もしかして勇者様?」
予想外の指摘に俺も驚いた。
「なんでわかった?」
この王女が当時の俺を知っている筈がない。
年齢もまだ十代。少女のあどけなさも残す王女だ。
「ちょうどいいですわ。相談に乗ってくださる?」
「えっ、なんだ急に?」
「勇者様は王族の命令には絶対服従なのでしょう?」
王女は有無を言わさず、俺の腕を引っぱった。
ヒンダも後をついてきた。
待ってくれ……。
王都に来てから色々ありすぎてついていけない。
この連鎖反応を誰か止めろ。そして俺の宿。
ていうか、スージーはいつ戻ってくるんだ。
◇
「あれ!? ソードさん? ヒンダちゃん!?」
お役所特有の長きに渡る攻防戦の末、なんとか勝ち取った自動人形の材料購入許可書を握りしめ、赤いビロードの廊下に出たスージーは困惑していた。
長い廊下は、もぬけの殻。
ソードもヒンダもいない。
夕食を奢ると言った手前、待ってくれているだろうと高を括っていた。
行きつけのレストランに連れていったときの、二人の喜ぶ顔を想像しながら嬉々として舞い戻った自分が馬鹿だった。
廊下から見える外景は完全に日没後の宵闇。
当然だ。王室事務局の受付終了の時間もとうに過ぎている。
「……そんな~……」
途端に心細くなった。
古い概観を意識した宮殿の雰囲気が、夜では余計に恐ろしい。
「ソードさぁあああんっ、どこーー!」
スージーは身動きが取れなくなり、その場で泣き叫ぶしかなかった。