79話 後ろめたい再会
ヒンダはずる賢い一方、目的のためには手段を選ばない大胆さがある。
劇場公演に行きたいという欲望を満たす以外は何も考えてなかったらしく、こっちでの寝泊まり等は微塵も頭になかったらしい。
急遽、俺はシールに連絡することにした。
さすがに少女誘拐とホテル監禁は罪状が多すぎる。
少し前までは、ここで途方に暮れていただろう。
でも今の俺は違う。
今は文明の賜物、個人情報端末『プライミー』という物を持っている。
これは端末同士で事前に承認し合った相手と気軽にメッセージが交換できるという便利な魔道具だ。
既に俺は仲間の人間兵器三人、ラクトール村の知り合い、プリマローズやセイレーンたちとは連絡先を交換し合っている。
慣れない操作でシールにメッセージを送った。
シールは今、シーリッツ海のアークヴィラン退治と瘴気の浄化に勤しんでいる。
レース中に俺を襲った怪物たちのことだ。
邪魔するのも悪いし、シーリッツ海から王都までは距離がある。すぐには来れないだろう。
「おーい、もたもたしてると置いてくかんねー!」
「わかってるよ。誰のせいだ、まったく」
ヒンダは早速、グレイス座を目指していた。
王都に来たら、まずパペットに挨拶に行くらしい。
その執着心はもはや信仰に近い。
ヒンダが道に慣れていたので、すぐ着いた。
グレイス座では、前に寄りかかったときより華美な装飾があり、ヒンダの言うように明後日の劇場公演の宣伝を大々的にしていた。
『 モコモコ・フィクサー・パーティー
~ めぇめぇ羊と政治家さんの大戦略 ~
"あの夏を思い出せないジレンマ" 』
教暦7666年 秋月 33天 14時開演!
そして、この公演名である。
内容がポップなのか重いのか、まるでわからない
なんで羊と政治が絡むんだよ。
あの夏ってなんだ? 何があったんだ?
こんな謎めいた公演を"人形劇"でやるというところがまたすごい。
これは気になる……。
「ソードも興味ありそうじゃん?」
「興味っていうか、謎タイトルすぎて、どんな人形劇なのか全く想像できない。……だからこそ見たい」
「ふふふ、それがグレイス座の魅力さ」
なるほど。既に向こうの戦略に嵌っているんだな。
案外、奥が深い。
ヒンダはモニュメントが立ち並ぶ劇場の庭を抜け、劇場の裏口まで足早に歩いて行った。
俺もその後を追う。
一般客が立ち入るような場所ではない。
裏口には、例の生体認証の自動ドアがあり、その隣に呼び鈴のようなスイッチと小さな画面があった。
ヒンダは遠慮なくそのスイッチを押した。
ブザーの後、小型モニターから声が発せられた。
『はーい。荷物の搬入ですか?』
「あっ、ううん! あたし、ヒンダです!」
『あぁ、ヒンダちゃん。開けるわね』
女の声がして、扉が開けられた。
俺は顔が引きつるような気分だった。
なんと、その開け放たれた扉の向こうに、俺がいつぞや着替え中のところを不本意に覗いてしまった、あの美女がいたのである。
「ん? あ、あなたは……!」
「っ……」
悲鳴を上げられると思った。
俺は即座に【狂戦士】で兜でも被って顔を隠そうかと思ったが、こないだシールから憑依の話を聞いたばかりだ。
なるべく能力を控えている最中だから躊躇した。
女は悲鳴を上げなかった。
逆に、羨望の眼差しを向けて嬌声まで上げた。
「わぁ! もしかしてあのソードさん?」
「えっ……あ、ああ。そうだが……」
「すごいっ、本物と会えるなんて!」
女は俺の手を両手で握って顔を近づけてきた。
「アーセナル・ドック・レーシング見てました! 優勝おめでとうございますっ」
「お、おお。ありがとう」
「私、あのレース大会好きなんです」
「出場する側は必死だけどな……。最後のノスケがいなかったら勝てなかったし」
最後に現れた"第二のノスケ"は、世間では夏の暑さが見せた幻影、あるいは俺が仕込んだ影武者という説が流布している。
正体は【蜃気楼】を纏うシールと知る者は少ない。
「あれも作戦でしょう? 優勝候補も欺き、運営の闇をも暴いた最終決戦……歴代最高のレースです!」
この女、すごく近い。
美人だし、既にあられもない姿を目撃していて、俺が恥ずかしくなってきた。
まさか憧れの大会優勝者が自分の着替えを覗いた首だけの不審者とは思いもしないだろう。
「すごい人と会えちゃったな~。ヒンダちゃん、なんでソードさんと一緒なの?」
「ちっちっちっ、ソードはあたしの弟子さ」
「弟子!? ヒンダちゃんが、ソードさんの?」
「うん。人形劇愛好会の弟子さ」
びしっと指を突きつけるヒンダ。
女は目をきょとんとさせた後、唇を震わせながら、俺の方を見つめた。
「ってことは、ソードさんも人形劇のファン?」
「いや、別にファンってほどじゃ……」
「そうともっ! 明後日の公演も二人で見る予定さ」
ヒンダは俺の声を遮り、女に言い返した。
あまり強く否定するのも、その道のプロに失礼だから俺もそれ以上はうまく言えなくなった。
「やった! ソードさんに劇を見てもらえるなんて。しかも、ファンって聞けて嬉しいです。あっ、団員の稽古場とか見ます? 案内しますよ」
「……」
まさか、これもヒンダの策略か?
女が俺のファンだと知っていたとか?
この様子だと、ヒンダが色んな場で俺を通行手形に利用する可能性が高い。
「あっ、申し遅れました。私、スージーと云います」
「俺はソード……って知ってたな」
「もちろんっ」
スージーは俺に腕を絡め、さぁ行きましょうと意気込んで劇場に引っ張った。
都会の女は積極的という話はよく聞く。
一方で、計画通りだと云わんばかりに歪んだ笑顔を見せるヒンダの将来も心配だった。




