78話 限界オタクマザー
ヒンダの母親に電話をかけた。
実は、俺も他の人間兵器のように個人端末を買ったのだが、ヒンダの家の連絡先など登録していなかったので、とりあえず公共の魔導通話を利用した。
「もしもし? ソードですが」
『ええ!? ソードくん!? あっ……あっ』
「うん? あんた、ヒンダの母さんだよな?」
ソード、くん?
そんな敬称で呼ばれるとは思わなかった。
しかも、なぜか異様に慌てている。
『あっ、ソードくんの声……。ん、コホン。ど、どうして家に連絡を……?』
「いや、お宅の娘さんが荷台に乗り込んでてな」
ヒンダをチラ見すると、口を押えながら愉快そうに笑っていた。
なんで笑ってんだ、こいつ?
『えっ、うちの子がソードくんにっ……!?』
「ああ。帰らないって言ってる。本人に変わるか?」
『ひっ……あ゛っ……えぇ……え゛?』
「え、じゃねえよ!」
なんか言動がおかしいぞ。
引きつったような声だ。
「そっ……それで、うちの娘が……なんて?」
「だから、娘さんが王都まで付いてきたんだよ! どうすればいい?』
『んひぃっ……あっ、む、娘はどうでもいい、です』
どうでもいいのかよ!
大丈夫か、この母親。
「大事なテストがあるんじゃないのか? 何ならすぐそっちに送っていくぞ」
『え゛っ、あ゛、だっ、大丈夫よ。それよりうちの娘をっぉおお、よろしくお願いしまぁすぅ!』
「は!? ちょっと――――」
『ツー――ツー――』
一方的に切られた。
最後、奇声みたいな声だったが、大丈夫か?
全体的に言葉も怪しいし、コミュニケーションが苦手なタイプかもしれない。
「くっ、くくくく、あはははははっ!」
「お前の母さん、大丈夫か? 娘の面倒を押しつけてきたぞ、俺に」
「あははっ。ママはソードのファンだからねぇ」
「ファン?」
「知らないの? お前、けっこう人気あるんだぞ。特にあたしたちの母親の層からね。こないだのアーセナル・ドックの優勝も効いたんじゃねえ? ひひっ」
やられた。確信犯かよ。
俺と一緒なら、母親も容認すると考えたのか。
「うちの母親なんか"あなたもソードくんのこと狙ったらどうなのよ。シズクちゃんはよく一緒にいるらしいわよ"って言ってやがった。馬鹿だよねぇ。あたしが人形一筋だってことも、シズクがシールさんの変装だってことにも気づいてねえのさ」
最近、村で異様に視線を感じたのはそのせいか。
認識が甘かった。
知らず知らずのうちに、俺も知名度や強さが現代人に認識されつつあるのだ。
これからも大会の中継で俺を知った人間が面倒を持ちかける可能性がある。
「チッ、変に目立ったせいだ」
ヒンダのことは子どもだからと舐めてかかると、こうやって罠に嵌められる。道理でプリマローズも玩具同然に扱われるワケだ。
公衆の魔導通信機の受話器を置いた。
とにかく、お願いします、と言われたかぎりは本人が家に帰る気になるまで付き添わないといけない。
「よっしゃ、親の了解も得られた! これで心置きなくグレイス座に行けるぜぇ。ソード、さんきゅーな」
「やっぱりグレイス座か。うーん」
「まぁまぁ。パペットさん紹介するからさっ、ねっ」
「パペットと話せるなら……」
元々、それは俺の目的でもあった。
ささっと劇場鑑賞を終わらせて、王都での新生活の準備を始めたい。
「ちなみに劇場公演ってのは、いつだ?」
公演終了後のヒンダの送迎も考えると、今日一日は潰れたものだと考えた方がいいだろう。
「え? 公演は明後日だよ?」
きょとんとした顔で平然と言い返すヒンダ。
一日どころの話じゃねえのかよ。
「おい……明後日までどうやって過ごすんだ……?」
「もちろん遊び尽くすに決まってんじゃん!」
いえーい、と拳を掲げてヒンダは飛び跳ねた。
王都に来てから早速これか。
俺は現代で誰かに呪われてるのかもしれない。




