8話 魔王退治RTAⅣ(白兵戦)
俺の闘気に対して、プリマローズは唖然としていた。
だが、やがて肩を震わせて笑い始めた。
「ふ、ふふふ、ふふふふふ」
プリマローズは仁王立ちだ。
徐々に邪悪なオーラを纏い始めた。
「よい。よいぞ。それでこそソード。妾が見初めた男だ」
「そりゃ光栄なことで」
「久方ぶりに昂った。このシモの始末はつけてくれるな?」
「おう。どこからでもかかって来い」
「よかろう。ここは互いの身を賭け、本気の殺し合いといこうか」
プリマローズは虚空から抜き身の刀を引き抜いた。
血の魔剣『紅き薔薇の棘』。
魔王を魔王たらしめる威風が刃から放たれる。
その刀身の奥から、赤い瞳がこちらを射止めた。
――直後、暴風が吹きつけた。
速攻で迫ってくる。そう肌に感じた。
俺は【抜刃】で生み出した無数の剣を呼び集め、剣の防壁を周囲に展開させた。
「浅いっ!」
それらの防壁は、魔王の猛攻に薙ぎ払われた。
すべて塵芥に消えていく。
だが、これはカモフラージュにすぎない。
俺は携えていたダガーナイフを両手に握りしめ、思いきり魔王の肩から脇にかけて斬りつけた。
『紅き薔薇の棘』とぶつかる。
ダガーナイフは粉々に砕けた。
時が止まったように粉塵の狭間で視線が交わる。
プリマローズは笑っていた。
「っ……ふ!」
俺は空拳で、魔王の顎にアッパーカットを決めた。
至近距離から打ち込んだので、見事に顎に決まる。
天井を仰いで隙だらけのプリマローズをそのまま蹴りあげる。
プリマローズは軽々と宙へ飛んだ。
「ずいぶんナマってんじゃねえか?」
このまま一気に決めよう。
周辺のゴミからまた【抜刃】で剣を生成し、それを片手で握りしめ、天井を突き抜けたプリマローズを追って跳躍する。
「終わりだ――」
剣を振りかぶり、首を刈ろうとした刹那。
プリマローズは突如、無理な態勢から体を曲げ、方向転換した。
そのまま片手で俺の鎧の胸当てを掴んでくる。
「これからよ! せっかくの興、愉しめ!」
胸倉を引っ張られ、俺は地面に投げ下ろされた。
背中を床に強打する。
天井の瓦礫が後から降り注いできた。
「っ……」
やはり腐っても魔王。
幸いにも【狂戦士】の鎧で無傷だ。
瞼を開けると、『紅き薔薇の棘』の切っ先を垂直にして落ちるプリマローズが目の前にいた。
スカートから黒いパンツが丸見えだった。
「うおっ」
体をひねり、転がって難を逃れる。
「遅い遅い!」
プリマローズは床を転がる俺に肉迫し、蹴った。
吹っ飛ばされた俺は部屋の壁を突き抜け、外へ飛ばされる。
脳筋魔王。なんてパワーだ。
地面を転がりつつ態勢を整え、後転して地面に着地した。
散らばる外壁の破片から【抜刃】で剣を抜く。
「どうした。妾をもっと楽しませよ」
プリマローズは目前に迫っている。剣閃が放たれた。
急遽練り上げた土製の剣で受け止めた。
刃の交わりが不協和音を鳴らした――。
互いの剣と剣が鬩ぎ合う。
プリマローズは、刃の向こうで邪悪な笑みを浮かべている。
しばらく鬩ぎ合っていると、後から呑気にやってきたネネルペネルが「ホーホー」と鳴きながらプリマローズの頭に止まる。
「まずい……!」
「ハハッ、その頸を晒せ、ソード!」
ネネルペネルに魔力を吸われ、【狂戦士】が解かれていく。
魔力が底を尽きたことを意味している。
「あああっ……」
「おぉおぉ。愛おしい貌だ。そなたは変わらぬ」
「クソが!」
鎧がなくなった。後は剣術だけが頼り。
悪あがきで魔力放出で威圧する。
「――無駄無駄!」
俺の剣は『紅き薔薇の棘』で砕かれた。
得物を失い、鎧も失った俺は容易に首を片手で捕まれ、ピンクの悪魔に軽々持ち上げられた。
足が浮き、息ができない。
「嗚呼、このまま殺すもありか」
「っ……っ……!」
「そなたの剥製でも愛でようか? ん?」
淫蕩な瞳を浮かべ、舌なめずりするプリマローズ。
変態に成り下がった魔王め。
でも、これは冗談抜きで絶体絶命かもしれない。
本来の力はやはり魔王。
意識が途絶えそうになる直前――。
ゴーンという鈍い鐘の音が響き渡った。
「ほにゃ~っ」
プリマローズが間抜けた声を上げる。
態勢が崩れ、俺もそのまま地面に落ちる。
「ごほっ、ごほっ」
咳込みながら見上げると、見知らぬ茶髪の女が立っていた。
「ったく仕事サボって今度は男漁り? 大概にしなさいよ」
女は目を回すプリマローズを不機嫌そうに見下している。
肩には大きなハンマーが担がれていた。
え、誰……?