77話 夢追いの人形愛
王都に出発する日がやってきた。
今日を境に、俺はラクトール村を出る。
ハイランド王都は、とにかく迷路みたいな街だ。
いつぞやのゲーセンのようなことになりかねないから要注意だ。
都会の誘惑は怖いのだ。
そう忠告してくれたヒンダは、出立の日だってのに見送りに来てくれなかった。薄情な奴だ。
タイム邸の門を出て、邸宅を振り返った。
世話になった巫女の屋敷。
シズク、ナブト……ついでにプリマローズも。
よく考えると、精霊の森の祠に祀られた俺が、その精霊の付き人一族に拾われるとは不思議なご縁だ。
まぁ、それもシールが狙って擬態相手を選んだのかもしれないが……。
ナブトやシズクが俺を見送ってくれた。
「本当に行ってしまうのか?」
「ああ。いつまでも居候ってワケにもな」
「君が良ければ、ずっと暮らしてて構わないぞ。我が家は見ての通り、無駄に広いからな」
ナブトは俺を引き留めたいようだ――。
ラクトール村の暮らしに不満はない。
でも、思うことがあって村を出ようと決めた。
ていうか、気のせいだといいが、タイム邸の人間は俺を歓迎しているというより、プリマローズの相手役がいて助かっている節がある。
プリマの扱いには慣れたが、今後も魔王のお友達として生きていくつもりは毛頭ない。
そうでなくても俺には"新しい目的"が出来た。
いつまでも村に居座る気はないんだ。
「……ソードさん、また遊びにいらしてください」
「シズクも元気でな。どうせ王都とは目と鼻の先だ。また相談事があれば、いつでも聞く。シールもどうせ村には何度も来ると思うしな」
「はい。……頼りにしてます。勇者さん」
一度だけ王都に行ったとき、一緒にいたのはオリジナルのシズクだった。あの時、マモルのことで悩んで助けを求めていたシズクは、変装したシールではなくシズク本人だったのだ。
だから、俺もシズクが心配だった。
村で過ごす間、マモルのことは何度も遊びに誘ったのだが、どうもゲームや魔術ばかりに興味があるようで、俺の誘いには乗ってくれなかった。
内向的な子どもの扱いは難しい。
二人の関係はもう少し改善の余地がある。
そんな心残りがあるものの、こないだシールに聞いた"憑依"のことが気になる。
パペットのことだ。
俺たち人間兵器は特殊な力を持っている反面、何かをきっかけにパペットのような末路を辿る可能性があるんだ。
それなら、この生涯にどんな意味が――。
俺は王都に引っ越して、それを探したい。
パペットと接触すれば、何かヒントが得られる気がしていた。
「それじゃ、また遊びに来るから。――じゃあな」
賞金で買った二輪型アーセナル・マギアに跨った。
後ろには荷台を牽引してある。
手を振るナブトやシズクに、俺も手を振り返しながら二輪を走らせた――。
「まずは家探しかなぁ……」
一連の事件でレース大会の賞金、競走会からの慰謝料、教会からの【百鬼夜行】奪還の報奨金、ロック爺さんからの小遣い、セイレーン族からのお礼など、トータルで結構な資金を手に入れた。
当面は金に困ることはなさそうだ。
……とはいえ、この時代、ヴェノムやアーチェがそうであるように、人間兵器だからという理由で稼げる仕事も少なく何事にも金がかかる。
安定した収入があった方が今後の為だ。
「仕事も探すべきかな」
「そりゃそうでしょ、無職はマズいよ、お兄さん」
「だよな。魔物退治なら得意なんだが――ん?」
なんか、どこかしらから返事が返ってきた。
後ろを振り返り、荷台を確認する。ひょっこり顔を出したのは茶髪の少女、ヒンダだった。
「!?」
「やぁやぁ」
「やぁやぁ、じゃねえよ。なんで乗ってんだ?」
「だってソードが王都に行くって言うんだもん。付いていかない訳ないよね?」
「おい、俺は村には戻らないぞ!? これじゃ連れ去りじゃねえか!」
「えー、こわ。ソード、誘拐犯じゃん」
「お前のせいだろ!」
こうなったら意地でもヒンダを振り下ろしてやる。
苛立った俺は、二輪のハンドルを急転回して進路を真反対に変えた。
「今ならまだ帰れるな」
「待って待って! あたしが悪かった!」
ヒンダは俺にしがみついて泣きついてきた。
「あたしを王都に連れてってくれー!」
「なに言ってんだ? 旅立ち早々、誘拐犯にされてたまるかってんだ」
「後生だ。頼む~!」
「もしかして、また劇場に行こうとか――」
「そうっ! グレイス座に行きたいんだ」
懲りねえなぁ……。
グレイス座と聞き、パペットのことが頭に浮かぶ。
俺が王都に向かう理由も、それが全てではないが、パペットに会いたいというのも一つある。
「うーん……」
「ねっ、ねっ、頼むよ~。そうだ。パペットさんにはソードのこと良いように紹介しとくからさぁ。ソードも本当はパペットさんに気があるんだろぉ?」
ヒンダが肘で小突いてくる。
「パペットさんほどの美人だったら、惚れるのも仕方ないよねぇ。わかるわかる」
子どもが知ったような口で何を言うか。
パペットは人形師で職人気質だったから、こだわりが強くて大変だった。
確かに美人だけど性格はキツい。
美的感覚の問題で、俺とは反りが合わないんだ。
でも、それも勇者時代の話。
今のパペットは俺の知るパペットじゃない。
ガワを被ったアークヴィラン。別人格だ。
――思えば、現代のパペットのことはヒンダの方がよく知ってるかもしれない。
「グレイス座に行ってパペットと話すのか?」
「うん。――ていうかねぇ、いよいよ劇場公演が始まるのさ。ネットで買ったチケットはあるんだけど、あとはどうやって行こうか悩んでたんだ。そこでソードが足になってくれるって言うからさぁ!」
「言ってねえ。勝手に足にするな」
「お願い! たまたま連番のチケットが二枚ある。支援だと思って、ちょっと付き合ってくれよ~」
「援助を迫るおっさんみたいなこと言うなっ」
ヒンダが荷台で駄々をこねるせいで、ガタガタと揺れて荷物が落ちそうだ。
こうなったら子どもは聞かないからな……。
「そもそもなんで二人分のチケットがある?」
「だって、あたしが劇場に行くとしたら大人同伴は必須じゃん? 本当は母親を口説き落とすつもりだったんだけどさぁ、大事なテストがあるでしょって注意されて攻略失敗。てへぺろっ」
「テストを優先しろー!」
「あたしは人形のために生きて、人形のために死ぬんだ! それより優先すべきものなんてないっ」
ヒンダの熱意は本物だ。
夢を追うのは悪いことじゃない。
そうこうしてるうちに王都の外壁が見えてきた。
もう到着してしまう。くそっ。
「はぁ……。親御さんには一旦連絡するからな」
「ふふふ、どうぞどうぞ」
「それで戻ってこいって言われたら、即行で引き返すからなっ」
「へへっ、おっけーですぜ、旦那」
ヒンダは不敵な笑みを浮かべて頷いた。
余裕そうだ。でも、絶対に突き返してやる。




