76話 魔素、生ける屍の素
孤海の島の祠に入った。
さすが豊かなシーリッツ海の沖にある祠だ。
海藻が内部にびっしり生えている。
「こりゃあ酷いな」
「そう? わりとお気に入りの内装だよ」
「――祠として機能した頃は今や昔、依頼人はこんな藻に囲まれながら寝苦しい思いをしていたのです。さぁ、この物件に挑む今回の匠は?」
俺が冗談まじりに劇的大改造に挑まんとするナレーションを挟むと、シールは頬を膨れさせて先に行ってしまった。
「怒るな怒るな。冗談だって」
「ここは改装なんかさせないからっ」
「わかってるよ」
シールの後を追って封印の台座を覗くと、びっしりと黒い魔素入りの瓶が置かれていた。
これが、以前の俺とシールで蒐集していた魔素。
ざっと見て百近くの数が収納されている。
「こんなに集めてたのか?」
「私じゃなくてあなたがね。自分に取り込むワケじゃなくて、瓶に封印して保管していたよ。ラベリングしてるから必要なものがあれば持っていって」
「……」
一つ一つ手に取ってラベルを調べる。
アークヴィランの名、能力、説明が書かれている。
『58号ベラベラ 転女仏:女体化』
『121号シェンノン 残像:分裂』
『167号シビレモンツキ 魚雷:雷撃ミサイル』
『175号ドラゴン・ウー 翼竜:空を飛ぶ』
『200号スカイフィッシュ 加速:高速移動』
『…………』
使えそうな物もあれば、使えなさそうな物もある。
どうやって集めたかの方が興味深い。
「魔素はあまり多く体に取り込むと、その……ミクラゲみたいになるから控えめにした方がいいよ」
「体を乗っ取られるってことか?」
憑依のことは教えてもらった。
能力の使いすぎも問題ということだ。
「そう。心に淀みがあると付け込まれやすい。魔素はそれ自体が生きてる。ナマモノだから、体が弱まると劇症化するって感じだよ」
「そういえば、イカ・スイーパーも旅人の死体に憑りついて操ってたな?」
「うん……。あぁなると、死後もアークヴィランに乗っ取られたまま活動することになる」
もはや生ける屍。
自分が死んだ後も体を操られ続けると考えたら、ぞっとする。
「私たちの仲間にもいるけどね」
「……仲間?」
「乗っ取られたまま活動し続けてる同胞がいる」
「同胞って……人間兵器?」
シールは頷いた。
衝撃的なことを平然と言うもんだ。
俺がまだ再会してない仲間のうちの誰かか?
アーチェ? メイガス?
「前に王都で会ったんじゃなかった?」
「――王都に居たって、もしかして」
「パペット。彼女、プリマローズに殺されて死んだんだよ。それが今でも活動してる。これがどういうことか、説明しなくてもわかるよね?」
前に王都へ向かった時、俺やマモル、ヒンダと一緒に行動していたのはオリジナルのシズクだった。
ヒンダにもだいぶ慕われていたが……。
『ごめんなさい。昔のことはよくわからなくて』
再会したパペットは俺を覚えてなかった。
ケア――DBが俺に耳打ちして説明したことは。
『今日はやめておいた方がいいわ』
『……どういう意味だ?』
『今、彼女と過去を話すのは難しい、という意味』
『やっぱり何かあったんだな』
『また今度説明するわ。今言えることは現在、彼女のような"兵器"もいるということ』
あの時のパペットは、俺が知るパペットじゃなくてアークヴィランに操られたパペットだったのか。
それにしては敵意を感じなかった。
でも、DBには怯える素振りをしていたっけ……。
「あのパペットがアークヴィランに乗っ取られた状態だとしても、まるでそうは見えなかった。現に、パペットは人形劇団で座長を務めてるんだろう?」
「それを言ったらミクラゲ・バナナだって乗っ取られていたけど、人間社会に溶け込んでたでしょ」
「あぁ……」
「乗っ取られた人間に悪意なんてないんだよ。本能的に侵略を始めるから、そこが普通の人間と見分けがつかない原因。――まぁ、パペットの場合、聖堂教会が見張りをつけて監視してるけどね」
だからDBには怯えている印象だったのか。
……でも、昔の仲間が人格丸ごと入れ替わっていると思うと、なんだか悲しい。
「ソード、変な気は起こさないでよね」
「変な気?」
シールは訝しんだ目で俺を見た。
その視線は保護者のそれだ。
俺という息子が勝手な行動に出ないように警戒している。
「ソードはお節介だから、パペットが前の彼女と違うって知ったら積極的に絡みに行く気がして……」
「駄目なのか?」
「それはソードの自由だけど、今は彼女みたいな存在がいるってことを理解してあげて。瘴化汚染が起きないように聖堂教会も監視してるから、ソードが何かする必要はないからね」
「…………」
アークヴィランによる瘴化汚染。
そんなことは俺の領分じゃない。
重要なことは、その乗っ取られたパペットが、どれくらいの期間、人間社会に溶け込んでいるのかだ。
ある意味、俺たち人間兵器の行き着く先を、今のパペットが体現しているとも云える。




