余話 内覧会、新たな賞品
東リッツバー平原、中央。
広大な砂漠のど真ん中に、ある問題を抱えた物件がありました。
――リッツバー峡谷。
暫定的にそう呼ぶことにしよう。
この物件が抱える問題、それは……。
「元々はアークヴィランの棲み処だった場所だ」
俺がアーセナルマギアで牽引した巨大水槽に向かって事情を説明すると、マリノアを始めとするセイレーン一向は、その表情に不安の色を現した。
「私たちにそんなとこに住めっての……?」
「大丈夫だ。元凶のアークヴィランは倒して魔素は俺が回収してるし、瘴化汚染の影響はまだ残るが、瘴気はもうすっかり晴れた」
悪い印象から語ったのは失敗だった。
道中、セイレーンたちの不安の色は拭えなかった。
まぁ、そもそも匠たちによる建築作業自体、不安そのものだったから、あまり期待してくれない方が助かるといえば助かる。
「マリノア、文句は駄目よ。ソードさんが血と汗の滲む努力で、私たちを救ってくださったのですわ」
「姉様も新しい家のこと期待してたじゃん!」
エレノアも一緒だった。
こうして姉妹を並べて見ると、二人は似ていた。
上品さが違うくらいか。
今では姉妹揃って俺の所有物になったのだと思うと感慨深いものがある。
だが、安心してほしい。
俺にはシールやDB始め、監視の目が多いから身勝手な振舞いができるはずもなく、セイレーンにイタズラをすることも叶わない。そもそも人間のような情操もないから変な欲望も沸いて出ることはない。
アーセナルマギアで港町から数刻。
あっという間にリッツバー峡谷に辿り着いた。
リッツバー峡谷はその名の通り、ただの峡谷だ。
カラカラに乾いた砂漠にできた丘陵というだけあって、セイレーンのような海の亜人種が暮らせるような場所では到底ない。
それを可能にしたのがアークヴィラン11号バクテラの能力『潮満つ珠』だ。
任意のエリアを強制的に海に替える能力だ――。
まず依頼人を出迎えたのは、人間兵器五号。
水の匠と名高い彼女の名は、DB。
今回、瑞々しさの欠片もない灼熱の地、東リッツバーの砂漠にオアシスを齎した存在である。
「早かったわね……」
「なんか具合悪そうだな? 大丈夫か?」
「あなたたちがほっぽり出してレース大会に向かうというから一人で海水を溜める仕上げの作業をしていたのよ。おかげで、私の魔力の方がカラカラ……」
水の匠は、建築作業を投げ出してアーセナル・ドック・レーシング参戦と鑑賞を楽しむ他の匠たちに恨み辛みを募らせつつ、勤勉に一人黙々と作業を続けてくれていたらしい。
「道理で大会で姿見せなかったわけだ。すまんな」
「いいえ。優勝おめでとう」
DBは俺が牽引する巨大水槽から顔を出すセイレーンを見て、祝ってくれた。
珍しく皮肉っぽさを感じさせない言葉だ。
「教会が紛失していた魔素が戻ってきたから、私も感謝しているのよ」
「ん? ああ、ミクラゲの事か。あいつの能力――」
「百鬼夜行ね。あの索敵能力は画期的よ。あるかどうかわからないけど、今後もし潜入任務でもする事になったら貸してあげる」
魔素は貸し借りもできるのか。
勇者をやっているわけでも無しに、そんな日が来るとは思えないが、確かに【百鬼夜行】があれば、敵の視覚を共有したり、奪ったりすることができる。重宝しそうだ。
それはさておき――。
俺はセイレーンを水辺に降ろせるように、アーセナルマギアを峡谷の入り口まで付けた。
水の匠のこだわりが、この玄関。
そのリフォームの全貌をご覧いただきましょう。
「わぁ! 素敵!」
マリノアを始め、峡谷の玄関を見た瞬間、歓喜の声を上げた。
元々、細い洞穴の入り口のような場所だった玄関。
それが、なんということでしょう。
破壊の匠の協力もあり、空間にゆとりが生まれ……いや、ゆとりどころか大爆発によってクジラのあばら骨のように拡張され、吹きっ晒しの玄関に生まれ変わっていた。
しかし、そこで諦めないのが水の匠。
元々あばら骨をモチーフにしたデザインだと主張するかのように、骨の先端とも見える突起に、魚の骨やランプを吊るすことで装飾している。
故郷となる海から離れても寂しくないように、と海を連想させる思いやりがDBの心意気を感じさせる。
「これが私たちの新しい家なんだぁ」
「北方海にある"海の墓場"を思い出しますわね。あそこのアパリアスクの発酵食はとても美味でしたわ。なんて懐かしい……。感激ですわ」
エレノアの感想はどうかと思うが、本人はとても感激したように涙ぐんでいる。
「ふふ、セイレーンの特性に基づいてリフォームしたのが功を奏したわね」
水の匠DBもどこか誇らしげである。
次に向かったのはリビングに該当する中央洞。
すっかり海水で満たされた通路へセイレーンたちを降ろし、彼女たちは泳いで奥へ進んでいく。
本物の海水だから心地よさそうだ。
俺やDBはアーセナルドックで進んでいった。
リビングでは、流行の匠のシズク――に扮したシールがいた。もう身バレしたというのに、まだシズクの擬態を続けるのはどういう意図だ?
「ああ、ソードさん」
「その姿で居る必要はもうないんじゃないか?」
「これは私なりの流儀だよ。改築を始めたのはシズクの姿をした私なんだから、最後までその姿でやり遂げたいの。――そういうわけなので、もう少しだけシズクとお呼びください、ソードさん」
彼女らしい振舞いだった。
決めたことは最後までやり抜くのがシールだ。
最初から俺に正体を隠して同行し続けていたのも、眠りにつく前の俺と決めたことだから、そうしていたのだと云う。
シズクは、壁際の寝床となる浅瀬に立って、やってきたセイレーンに、ここが寛ぎの水場だとか、ここが潜水用の深い水場だと場所の説明をしていた。
セイレーンたちは各々、広場に身を乗り出して寛いだり、地下深くまで続く海の底まで潜って遊泳を楽しんだりしていた。
とても楽しそうだ。
「なんだ。ちゃんと水深も確保してたんだ」
「いやな、シールが強く要望するもんだから、さらに掘り進めて無理やり海水を溜め込んだんだよ」
「おお、ヴェノム。いたのか?」
いつの間にか、背後にヴェノムが立っていた。
破壊の匠、ヴェノム。
この大改造の功労者である。
むしろ破壊の匠がいなければ、この大規模な破壊作業はどうにもできなかっただろう。
「シールがお嬢に擬態してたってのは驚いたが、こっちに戻ってきてからは開き直ったように改築の指示を続けてた。やっぱりシールはシールだな。お前が大会で優勝したって、すげぇ喜んでたぜ」
「俺の優勝っていうか……あれはシールの支援あってのものだから、あんまり実感はないんだ」
俺はミクラゲの陰謀を看破しきれなかった。
まんまと【百鬼夜行】の術にかかり、負けるギリギリでシールに救われた。
それからの追い上げもシールの盾の恩恵だ。
「いいや、俺もあらためて思ったが、ソードは俺たちには欠かせねえ存在だ。シールだってシール一人じゃ何もできねえ。……お前は、なんて言うかなぁ」
ヴェノムは、こそばゆいように頭を掻いた。
「――何かを、始められる男なんだよ」
「何か? 何かってなんだ?」
「具体的にこれってのは言葉にできないが、俺たち人間兵器は、人に命令されて戦いを強制された存在だ。だから自発的に何かするってのが苦手なんだ。でも、ソードだけは違う。お前といれば、何かが始まりそうな期待がある。それはお前だけの才能だ」
「よくわかんないこと言う奴だな……」
云われてみれば、運命を脱して自由を求めたのは俺が最初だった。そういう意味だろうか。
自覚はないけどな。
「ねえ、ソード来て来て! なんかこの先にあるよ」
マリノアが水面から顔を出して手招きしていた。
その先は、確か秘密の隠れ家の通路だ。プリマローズが設計した謎のゲーム部屋である。
セイレーンの需要も考えずに独自で作り上げたが、果たして反応が如何ほどか気になるところだ。
マリノアに手を引かれ、泳いで隠れ家に向かった。
海水の通路の先の天井に抜け穴があり、そこから顔を出すとプリマローズ特製の隠れ家が広がっていた。
「うわぁ……」
マリノアは落胆の声を上げた。
俺も思わず同じように「うわぁ」という声が出た。
部屋の真ん中にセイレーンを模した彫刻があるのは、まだ建築中の段階から見せられたものだが、その彫刻のセイレーンが仰ぎ見る天井に、プリマローズの象徴ともいえるフクロウを模したレリーフが埋め込まれており、そこから広がる薔薇の壁模様、魔族の角マークなど、完全にセイレーンそっちのけで魔王一色の装飾を施してある。
「え、なにこれ……悪趣味……」
それに隠れ家という性質から圧迫感があり、プリマローズの装飾が異様な圧を感じさせる。
「悪趣味じゃと? この高貴な遊戯室の趣きを感じ取れぬというのか」
セイレーンの彫刻から突き出たベッドに寝そべってゲームのコントローラーを握る悪趣味の匠がいた。
なんで家主じゃなくてプリマローズが寛いでんだ。
「セイレーンの為に作った部屋じゃねえのかよっ」
「無論。ここはビッチどもに享楽と熱狂を提供する為に創造した娯楽空間。――そう、であるからして、マリノア、妾と早速勝負じゃ!」
プリマローズは立ち上がり、コントローラーをマリノアに突き付けた。
「嫌よ。というかこの部屋、全然楽しくなさそうっ」
「ほう。では戦いを放棄するかえ? さすれば、自動的にソードは妾の物ということになるが」
「待て。ちょっとよくわからない」
突然に俺の所有権を決められて困惑した。
解説するようにプリマローズは両腕を組んで堂々と宣言した。
「アーセナル・ドック・レーシングで思いついた。セイレーンの所有権を巡った大会が許容されるのなら、ソードの所有権を巡った大会があってもよいのではないかと――。故に妾はゲームでその勝負を執り行い、直々にソードに求婚を申し入れるのじゃ」
「どう考えてもプリマローズに有利じゃねえかっ!」
「細かいことは気にするな。――さぁ、マリノア、どうするのじゃ?」
ゲーム大会を強行しようとする様はまるで暴君。
マリノアも困ってしまって、どうすべきか眉尻を下げて俺を見つめてくるが、そんな目をされても困る。
こういう輩は無視がいい。だというのに……。
「あら。ソードが賞品なら私も参戦するわ」
そこに乗っかる存在がいた。
ざばっと隠れ家の入り口の水面から現れたのはDBだった。今の聞いていたのか。
「待ってください。その勝負、黙って見過ごすわけにいきません。――というか、パートナーである私に話を通さず、そんな勝手な大会は認めない!」
続けて、シズクまで隠れ家に入ってきた。
途中で語気を強めて【蜃気楼】を解いて素のシールの姿に戻っていた。
「よかろう。何人が束になって掛かってこようとも妾の敵ではないわっ!」
「望むところよ」
「ええ……! これ、あたしもやる流れなの?」
集まった女四人は大画面モニターに集結してゲームのコントローラーを手に手に、闇のゲームを始めてようとしていた。
俺の意思は尊重される様子もない。
レース大会でのセイレーンの気持ちを思い知った。
今のうちに逃げておいた方がいいな。
自由を手にするのは、まだ先の事になりそうだ。
(第2章「人間兵器、将来を憂う」に続く)
第2章もお楽しみに!(1ヵ月後くらいに更新します)
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