71話 最強の剣と盾Ⅱ
『さぁ、二人目のノスケの登場でレースはわからなくなった! その遥か先を進むノスケも、とっくに空の滑空から着水してトップを独走状態ですが、どうやら動揺が隠せない様子です』
実況の声で状況を知る。
ノスケが混乱するのも無理はない。
レースに自分が二人いるなんて異常事態だ。
最悪、ドッペルゲンガーを疑って死の恐怖と葛藤してるかもしれないぞ。
シールもその実況を聞いて、さらにアクセルハンドルを前に倒した。
「よし、飛ばすよ。これ使って」
「なんだ?」
手の感触を確認しながらシールに問う。
目が見えないので手触りで感じるしかない。
小瓶みたいなものだった。
瓶といえば我ら同胞に専売特許な奴がいた。
「もしかして……」
「特製燃料。後ろに投下用のタンク孔があるから、そこにお願い。視えなくてもできるよね?」
「当たり前だ。人間兵器だぞ」
「上出来。いくよ!」
言われた通りにタンク孔に小瓶の中の液体を流し込むと、アーセナル・ドックが軋むような音とともにエンジンが轟音を呻らせた。
直後、とてつもない加速がついた。
「ソード、目はどう?」
不意にシールが訊いてきたことに、ぎょっとした。
「ミクラゲのことまで調査済みか」
「私は工作員よ?」
「そうだっ――――ッ!」
会話の最中、またしても眼球が破壊された。
双眸から血が噴き出て、治りかけていた視力がまた失明状態に逆戻り。おまけに痛い。
「噂をすればなんとやらだ」
「つらいね。……百鬼夜行についてケアに訊いた。それは触れた相手の視界をジャックして、眼球を意のままに操ることができる能力」
「触れた相手に……ああ……」
ミクラゲがあの夜の洞窟で無理やり俺に接触してきたのはそれ故か。
「何か対策はあるのか?」
「ミクラゲの体を見たでしょ? その能力は、あなたの眼を直接操ってるわけじゃなくて、表皮に写し取った眼状紋で、間接的にあなたの眼球を支配してる」
傀儡を用いた儀式に似たようなものか。
呪詛の対象に見立てた人形を用意して、焼いたり、釘打ちにしたりする呪術がある。ミクラゲはそれを目限定で複数の相手に使えるということ。
「眼に関連した感覚を、眼状紋によって共有していると考えていい。過去に【百鬼夜行】の元となったアークヴィランはその弱点をつかれて漁師に負けた」
「弱点っていうのは――」
「逆転の発想。あなたはミクラゲに眼状紋を通して攻撃されているわけだけど、逆にミクラゲは、あなたの本物の眼を通じて攻撃されるリスクを孕んでいる」
「おいおい。俺に自分で自分の眼を潰せって?」
なんてチキンレース。
俺はミクラゲと互いで互いを痛めつけ合うド根性バトルを強要されてるワケだ。
「それも、飛びっきりのヤツを喰らわせないとミクラゲはなんともないと思う。ミクラゲにとってはたかが触手一本。人間にとっては重要な眼球。有利なのはどちらかわかるでしょ」
「なるほどな」
俺の場合は【狂戦士】が修復してくれるからまだいい。しかし、ミクラゲの【百鬼夜行】に一矢報いる為だけに失明を余儀なくされるなら、普通の人間は誰もやろうとは思わないだろう。
「ソードにはそんな特大ダメージを与えるだけの新しい力があったと思うけど?」
「新しい力? 俺にはこの鎧と剣しか……」
「よく思い出して」
目覚めてからこれまでのことを思い出す。
アガスティア・ボルガ。覚醒の杖。
アイテムだけじゃない。
アークヴィランの力も手に入れた。
そうだ。【潜水】と――。
「【超新星】! 自爆能力か!」
イカ・スイーパーの力、こんな所で活用の機会があるとは。
「その通り。私が次のジャンプでアーセナル・ドックを畳む。そのタイミングで【超新星】を。いい?」
「シールが爆風に巻き込まれるんじゃないか?」
「私が盾の勇者だってこと忘れたの?」
それもそうだった。
シールには最強の盾がある。
加速をつけ、直進コースまで躍り出た。
「まだよく見えないが、飛翔水柱があるのか?」
「無いけど、自分で作ればいいのよ」
相変わらず滅茶苦茶な女だ。
発想が自由すぎる。
「護りの盾!」
マシンは急に水上から空へと飛び上がった。
コース上に『護りの盾』でジャンプ台を自作し、そこに乗りあがることで無理やり機体を跳躍させたことは、失明した俺でも容易に想像できた。
本来、『護りの盾』は透明な盾あるいは壁で、あらゆる物理攻撃や魔法攻撃を防ぐ最強の防壁である。
それをこんな形でレースの自作ギミックに使うと誰が想像しただろう。
高々と跳び上がった俺とシール。
シールがアーセナル・ドックを格納した。
機体を失った俺とシールは空中に投げ出された。
「さぁ、やって!」
それを狙ったように巨大な何かが迫る気配がした。
シールも感じ取っただろう。
あのプリマローズを飲み込んだ特大の鯨のアークヴィランだ。気配でわかる。
俺たちが空中で隙だらけになったのを狙って飲み込みにきた。あるいはミクラゲの差し金か。
「いっ――!」
背中に強めの回し蹴りを喰らう。
シールの蹴りだ。そのまま俺は急速落下を始めた。
「すぐ行くから安心して」
落ちながら優しい言葉をかけられた。
されたことは酷く暴力的だったが。
「ったく、邪魔しないでよ……っと!」
「グオオオオオオオ」
目が見えなくて何したかは確認できないが、怪物の悲鳴が響き渡ったことから察するに、シールが空中で特大アークヴィランに逆襲を果たしたのだと察した。
単純にぶん殴ったんだろうな……。
盾の人間兵器も前衛だっただけに武闘派である。
「今だな。――うまく決まれよ!」
【超新星】は初めて使う。正直不安だ。
体に爆発するように念じると、どんどん熱くなり、終いには体が内側から弾け飛ぶようなエネルギーの放出を感じた。
そこからは早かった。
全身が破裂したような気がした。
もちろん顔面も、目も、すべて吹っ飛んだ。
かろうじて【狂戦士】は耐えたようで、鎧の内側で吹き飛んだ俺の体を急速に修復していく。
『なんと、投げ出された選手二名のうち、ソード選手が鎧の中で自爆しましたー!? 怒涛の展開すぎて実況も混乱してますー!』
『ん……? 何やら会長室が騒がしいようですわ』
『あー、運営事務局の会長室でトラブルのようです。……え? 火事? 防災班の人、早く行ってー!』
ミクラゲも爆発しやがったか。
ざまぁねえな。
「護りの盾 二枚張り!」
シールは透明の盾を重ね掛けしていた。
一枚目が二枚目を押し出し、カタパルトのように活用したようである。空中から急降下してきたシールに捉えられ、そのまま海上に二人で復帰。
俺は気づけばアーセナル・ドックに、シールの後ろの座席で座っていた。
「どうだった? 自爆?」
「二度とやりたくねえ」
これは【狂戦士】と組み合わせるか、DBが近くにいて即時に治癒魔法を受けられる環境にいないと本当に自害することになりそうだ。
「泣き言言わないの。ほら、燃料どんどん入れて」
「あぁ、はいはい……」
シールは相変わらず手厳しい。
アーセナル・ドックが再び加速し、先を進んだ。
トップを独走していたノスケに近づいた。
もう直進コースに差しかかれば追い越せる距離だ。
おそらくゴールも近い。
ミクラゲがどうなったか確認してないが、先ほどの【超新星】以降、【百鬼夜行】の攻撃がないことを考えると、再起不能な状態にはできたようである。
あとは、ノスケとの一騎打ち――。
ここまで追い上げられたのはシールがいたからだ。
これが勇者時代、最強の剣と盾と呼ばれた俺たち二人だからこそ為せる技。
剣と盾はあわせて一つ。
揃ってから初めて最強と云える。