69話 或る少女の暗躍Ⅱ
???視点
裏手から階段を駆け上がり、メインとなる観客席の通路へ飛び出した。
既に最終レースは始まっていた。
熱狂した観客は立ち上がり、屋台へ買い出しに出た客も思わず立ち止まってレースの様子を眺めているものだから、とても視界が悪い……。
こんなとき、自身の背の低さを呪う。
彼らを押しのけて、なんとか拓けた場所に出た。
『第一コーナー、1位に躍り出たのはルール無用の極悪魔王、プリプリだぁ~!』
序盤、選手は互いに様子を見合っていた。
一人を除いて……。
特にソード、リックは決勝シードのノスケの出方を伺っているのが見てわかる。
ジャステンは独走するプリマローズに追従する形で後ろをつけていた。
「優勝は妾が貰ったー! ハッハッハ!」
プリマローズが仁王立ちで高らかに笑った。
ハンドルに止まるネネルペネルが翼を広げ始めた。
嘴を開け、今まさに鳴こうとしている。
あれは魔力吸引の囀り――。
「ソードよ。婚姻の約束、覚えておろうな!?」
「お前が勝手に言い出しただけだろ!」
「ふふふ、恥ずかしがらずとも良い良い。妾からのプロポーズ、願ってもなかったことだったじゃろう?」
「マジで願ってねえよ!」
不敵な笑みを浮かべ、後ろを振り返るプリマローズ。その油断が仇となった。
「ホォォ―――」
ネネルペネルが今まさに「ホーホー」と鳴こうとした瞬間、狙い澄ましたように海面のコースが盛り上がり、水柱が高々と沸き上がった。
水柱に突き上げられ、プリマローズはネネルペネル爆走号ごと吹き飛ばされた。
「ぬぉ!?」
未だ見ぬギミックだった。
海面から水柱が噴き出るなんて聞いたこともない。
『魔王プリプリ、本大会決勝の特別ギミック、飛翔水柱の魔の手にかかる!』
『バブルパルスはうまく使っていきたいですわね』
空中に吹き飛ばされたプリマローズはネネルペネル爆走号のハンドルを手放してしまい、ネネルペネルはそのまま空中へ退避。
プリマローズは重力に従い、海に落ちていく――。
「のおおおおおおおお!!」
――――!
そのとき、予想だにしないことが起こった。
海面が山のように盛り上がり、海から出てきた特大の怪物が口を開けて海面に飛び出し、プリマローズを丸呑みにした。
観客は悲鳴を上げる者、興奮して雄叫びを上げる者、言葉を失う者、各々いた。
『喰われたー!? プリプリが捕食されました!』
『えー、ごめんなさい。私、怪物の登場は聞いてませんわ。運営が用意したアークヴィランですの?』
『いえ……私も聞いてません……』
実況と解説も不安そうだった。
他の選手も予期せぬ怪物の登場を目の当たりにして動揺していた。
「なんだ今の怪獣!?」
「くっ……!」
動揺していたのはソードとリック。
彼らの先を往くジャステンは冷静な面持ちで、プリマローズを吹き飛ばした水柱の地点を避け、通常通りのコースを進んだ。
当然、リックとソードも同じように避けた。
ただ一人、最後尾のノスケだけ違った。
ノスケはアーセナル・ドックに立ち乗りすると、別の鉄筒を握り占め、飛翔水柱が噴き出る場所にその筒を投げ入れた。
鉄筒は平たいボードに形態を変化させた。
ノスケはアーセナル・ドックを解除し、身一つでジャンプしてボードに乗る。
乗った途端、水柱が吹き上がり、ボードとともにノスケは空中へ高らかに押し上げられた。
『ノスケ、怪物に臆せず飛翔水柱を駆使していく!』
『あれが正しい使い方ですわ。ジャンプした先にマナブーストリングも多数設置されています。うまく使えば、一気に他の選手と距離を引き離せるでしょう』
『さすが三年連続の優勝者! 突然の怪物の登場を諸共しないぃい!』
きっと怪物の存在は知っていたのだろう。
少なくともノスケとジャステンは……。
ノスケは空中でアーセナル・ドックを再度展開し、設置されたマナブーストリングの力を借りて一気に加速をつけた。
あれでは船というより航空機である。
しかし、他の選手より遥かに早い。
ソードたちはさらに二手に別れる選択を迫られた。
第一のダイブ・ボーテックスの渦が現れたのだ。
ジャステンは渦潮に入らず、海上を進む。
リックも同じく海上を。
海中に潜む怪物を警戒したようだ。
ソードは空中を翔けるノスケと、先に続くコースを交互に見比べ、渦潮に入ることを選んだ。
持ち前の剣術で他のマシンを沈める戦術は、決勝戦では通用しないと考えたのかもしれない。肝心のノスケは空中を進み、手も届かないのだ。
少しでも順位を上げるために、リスクを取って危険な海中を進んだのだと思う。
その選択が正しかったかはわからない。
ソードなら海中にどんな怪物が潜んでいても、きっと薙ぎ倒すことができるという自信がある。
私もそう思うし、彼のアドバンテージはそこだ。
しかし、それは彼が通常のパフォーマンスを発揮できる場合。
会場中がどよめきだした。
ジャステンとリックが激しく交戦してデッドヒートを繰り広げていたのもあるが、観客の間で不可解だったのは、ソードが一向に水面に浮上しないことだ。
ダイブ・ボーテックスの入り口から出口までの距離を勘案するに、そろそろソードが出てきてもおかしくないくらい時間が経過した。
水面下で撃沈したか、と嘆く観客もいる。
「……っ!」
私は堪らず駆け出した。
観客席の通路を駆け抜けて、向かったのはヴェノムが観戦している座席。
「ソードの奴、どうしたんだろうなぁ」
ヴェノムは酔っ払った顔で呑気に観戦していた。
私はその真横まで接近して叫んだ。
「ヴェノム! 爆薬の燃料、ありったけ用意して!」
「ああ……?」
「早く!」
ヴェノムは私を見ると、一気に酔いが醒めたようで顔面蒼白で唖然としていた。
「え? ……え?」
私の顔と逆隣りに座るシズクの顔を見比べている。
シズクは恥ずかしくなって目をぎゅっと瞑って顔を伏せていた。
「小瓶代は後で払う! いいから焼夷繭!」
「お、おう」
ヴェノムは混乱したまま、【焼夷繭】で爆薬を創り、小瓶に注ぎ込んでいた。
驚いていたのはヴェノムだけでない。
シズクの隣に並ぶマモルもヒンダもだ。
「シズクちゃんが二人……?」
騙しててごめん、マモル。
ソードの傍で行動するためには、シズクという依り代がぴったりだったのだ。
そろそろネタばらしの頃合いか。
ヴェノムから小瓶をふんだくるように奪い取ると、煩わしい事情説明も後回しにして、私は観客席から海に向かって駆け出した。
走りながら【蜃気楼】を替えた。
なんでもありのこのレース、しかしながら出場者以外の操舵手が紛れ込んだら止められるだろう。
私は咄嗟にノスケの外見を選んだ。
紫電が弾け、容貌はシズクからノスケのそれへと変わっていく――。
「あれは蜃気楼!? シール!?」
ヴェノムに早速気づかれた。
説明は後だ。
とにかく今はソードのもとへ――。
大丈夫。アーセナル・ドックはソードに返してもらった。
これもソードの物と同じように、ロックさんが作製したアーセナル・ドックである。本人に見せてくれと言われたときには焦ったが、なんとか難を逃れた。
私の専用機であるため、ソードにはその性能を引き出せなかったが、私なら。
アーセナル・ドックに跨り、私はコースを駆けた。




