67話 アーセナル・ドック・レーシングⅨ
「リックくんには良ィ設定図を提供いただきました。私にはそれで十分だったのです。優秀な技師が造った原型さェあればァ、ね?」
ミクラゲが下賤な笑いを浮かべた。
リックは打ちひしがれたように項垂れた。
「しィかし、操舵手は別です。マシンを乗りこなす者は常に必要――」
「よくも……よくも……」
「君たちが前からタッグを組んでアーセナル・ドック・レーシングに出場していたのは知ってまァす。主催ですからねェ。他の出場者には高性能なマシンを高く売りつけ、真に乗りこなせるノスケに勝たせる……。私に言わせてもらェば、レースでズルしてたのはァ君たちの方だ」
盗み聞きだったが、関係性はだいたい理解した。
リックとノスケは前々からコンビだった。
リックが船渠を造り、ノスケがそれに乗る。
他の選手ではリックのマシンを乗りこなせず、ノスケだけが優位に立つことができる。
だが3年前、競走会に目をつけられてから仲を引き裂かれ、リックはお払い箱。
ロック爺さん仕込みのアーセナル・ドックの原型となる設計図を奪われただけに終わらず、リックは乗り手をも失い、自身のマシンをレースに勝たせることができなくなった。
そりゃ評判もガタ落ちだ。
「困るんですよねェ。勝敗を独占されると一般参加の意欲を削ぐ。それは不本意ィなことです」
リックは涙を流し始めた。
過去の行いを反省する一方、執念で決勝まで進出してきたというのに、ノスケがすっかり競走会とズブズブなことに改めてショックを受けたようだ。
「安心なさァイ。本大会も順調にリック君のお友達の優勝です。お友達なら応援してあげなきゃねェ」
「くっ、くそぉぉおっ!」
逆上したリックが、ミクラゲに掴みかからんと詰め寄った。
「おっと」
ミクラゲは背中から伸びたクラゲの触手をフヨフヨとうねらせ、魔術のようなものを行使した。
リックは目を押さえ、もがき苦しみだした。
血の涙を流し始めている……。
「ぐっ……い、痛い痛い痛い痛いィイイ」
「ぐふふ。君も覚悟して挑んだんでしょォ? 出場者の動きはすべてこォの【百鬼夜行】に掌握されます」
ミクラゲが俺の方に一瞥くれた。
あいつ、俺がいることにも気づいてるな。
「リック君も、この呪縛から解放されることはない。その眼路は私の手中にあります」
「う……うぅ……」
「せィぜィ頑張りなさい」
そうしてミクラゲはノスケとともに歩き去った。
あの触手と無数の目は、箱舟の力――。
【百鬼夜行】と云ったか。
対象を監視する力なのか……?
否、リックが眼を痛めて血を流した事、ドンタも顔面を炸裂させて死んだことから、対象の眼球そのものを支配する能力ってところか。
厄介だな……。
あの素振り、俺も既に術中に嵌っているようだが。
「おい。大丈夫か?」
「う、うう……」
リックは目を拭い、視力を確認していた。
失明には至ってないようだ。
「お前は1号艇の選手のソード……?」
「そうだ。今の聞いてたけど、あれは……」
「は、離せっ」
リックは抵抗して無理やり俺を引き剥がした。
裏事情を聞かれて焦ったようだ。
「待て。聞いたことは誰にも言わないから安心しろ。あと俺のアーセナル・ドック……ロック爺さんから譲り受けたものだ。俺の出場にはロックが絡んでる」
「爺ちゃんが? バカなっ。爺ちゃんはレースに手を貸さない」
「本当だ。お前のこと心配してたぞ。それにノスケだって本当は――」
「うるさい! 他人にとやかく言われてたまるか!」
リックは顔の血を拭き取って立ち去ってしまった。
頑固で意地っ張りなのも爺さん譲りか。
ノスケも楽しくないと言っていた。
本当は終わりにしたいんだ。
知ったこっちゃねえのはこっちの台詞だが、コンビ組んでた二人が仲違いで解消させられたことは、ちょっと気がかりである。
やっぱり俺もシールが気がかりなんだ。
『さぁ不穏な空気が漂う中、ついにレースは最終決戦に移行しました! 第3レース、第4レースの勝者ソード、リック、プリプリに準決勝シードと決勝シードのジャステン、ノスケが加わったこの決勝戦……! どの選手も一癖も二癖もある選手たちです! 一体どんな波乱なレースを巻き起こしてくれるのか』
――決勝戦のレーサーがグリッドに並んだ
いよいよ最終決戦。
コースはこれまでより難易度は跳ね上がる。
マナブーストリングの設置箇所や、ダイブ・ボーテックスの数も増していた。
「……」
俺はミクラゲの狙いを考えていた。
出来レースなのはもう判った。
問題は、そこまでしてレース大会とその優勝者に拘る理由。
ミクラゲがアークヴィランだとして、このレースそのものが人類への侵略行為という可能性はどうだ。
【百鬼夜行】はその手段の一つ……とか?




