66話 アーセナル・ドック・レーシングⅧ
二回戦眼は一回戦よりもさらに沖のコースだ。
天然の小島はないが、人工的に設置された電磁ブイの間を稲妻が走り、コースを形作っている。その間を抜けてゴールを目指す、というもの。
俺は遅れてトップ層と合流した。
10号艇のナナミが18号艇のトウゲツから逃げるように走り、トウゲツはぴったり後ろについて煽り続けていた。
「へいへいへぇーい!」
「イヤァアア!」
女の背後に張り付くとは無作法な男だ。
【抜刃】で剣を抜き、トウゲツの背後を取ってマシンを切り刻もうと接近した。
剣を振り下ろすと、トウゲツはひらりと機体をスピンさせて回避した。
気づいたか。
ただのゴロツキってワケでもないな。
「ケヒヒッ、お前だな? 近づくと危ねえって奴は」
「おう。バレバレか」
「へへへ、そうだ。このレースは公式から加護を受けた奴が勝つ。情報屋もいるぜぇ? オレやヤッヤはその情報でやりたい放題だ」
「ほう」
判り切っていたことだ。
きっとノスケが最後勝つように仕組まれていて、こいつも優勝はできなくても、大会終了後に報酬として裏金が回ってくるのだろう。
「ひひっ、お前は背後に弱いことも知っている。一回戦目もわざと遅れてスタートして、他の奴らの後ろを攻めたんだろう?」
トウゲツは速度を緩め、俺の背後を取った。
間髪入れずに機関銃で銃撃。
俺の撃沈を見越して、さぞ愉快そうにゲハゲハ笑っていた。
「――……!」
ちょっとだけ本気モード。
抜刃で造った剣を全方位に振り、斬撃で機関銃の銃弾をすべて斬り落とした。
「な、なにィ!?」
「そんなもので俺を堕とせると?」
人間兵器なめんなよ。
俺は速度を上げて、先を往くナナミをアーセナル・ドックで玉突きし、ちょうどその先に開いていた潜航渦潮に突き落とした。
「きゃ!?」
「あんたは先にゴールしてろ」
邪魔者はいなくなった。
そのままUターンして逆走に切り替える。
唖然としたまま船渠を走らせるトウゲツを待ち構えた。
「お、お前、一体……!」
語るまでもない。俺は剣術に特化した人間兵器。
元より攻撃手段は剣しか知らない。
逆走し、トウゲツと対峙する。
トウゲツは狂ったように前面の砲撃ユニットで俺にあらゆる弾薬を撃ち込んできたが、剣で薙ぎ払った。
交錯する刹那――。
俺はあえてアーセナル・ドックを解除して鉄筒に格納し、宙に飛び出した。その方が存分に剣が振るえるというもの。
「無駄だ」
「アアアアアアアア!」
トウゲツの頭上を越え、機体を細切れにした。
海に落ちる直前、シズクに習った乗り方の通り、機体を展開して乗り込んだ。
再度Uターンしてコースに戻る。
ゴールが見える頃にはナナミが1着でゴールした。
ライバルがいなくて物足りないが、俺も後に続いて2位でゴールイン。
『おおっと!? スタート地点でのヤッヤ選手とモリオ選手の熾烈のバトルに注目している間に、1位と2位が決まっていたようです!』
『実況失格ね……』
『す、すみません~!』
俺とトウゲツの戦いは注目されてなかったらしい。
よかった。運がいい。
『ヤッヤ選手、モリオ選手、両者ともに機体が限界を迎えて故障! 続行不能のため、脱落です!』
モリオがヤッヤを道連れにした。
愛の力で体を張った末の共倒れ。
モリオ、よく頑張った。
俺がお前の分まで頑張るよ……。
そういえば、リックはトウゲツに撃墜されて敗退したんだっけ。無念。
ロック爺さんの孫だから少し気にしていたが。
『おやおや! お待ちください!?
なんとリック選手がまだレースを続行してます!』
実況同時にモニターにリックが映し出された。
マシンに乗りながら故障した機体をその場で整備しながらかろうじて海面を走らせている。
それは爺さん譲りの才能だ。
リックは整備士として優秀だった。
まさにヴェノムが予想した要注意人物の二人は、この第4レースで本領を発揮していたようである。
「おお。執念ってのは恐ろしいな」
――準決勝前までの試合が片づいた。
ここで次のレースまで時間を取る予定だったが、何やら運営が騒然としていて実況や解説もなくなり、選手や観客も進行が不透明な状況に動揺し始めた。
なんだなんだ、と運営に詰め寄る野次馬の数々。
俺はその様子を遠目に眺めていた。
『えー……すみません。どうやらナナミ選手、ニム選手が揃って棄権を申し出たようです』
実況のメイリィがカンペを読み上げている。
突然の二名の欠場。
そうすると、準決勝戦は俺、リック、プリプリ、ジャステンの四名で行われることになる。寂しいレースになりそうだ。
野次馬からヒソヒソ話が聞こえた。
「ナナミって子、トラウマだったみたいよ」
「ええ? 二回戦で1位だったのに勿体ないね」
「後ろから煽られたり、玉突きされたりしたのが怖かったみたい。あれはマナー悪いよね」
俺の行為が悪評として広まっている。
酷い。トウゲツの執拗な煽りから逃がしてやったつもりだったのに。
「ニムは魔力が枯渇して重症なんだって」
「フクロウのあれか……。嫌な事件だったね」
戦犯はプリマローズか。
過激な本大会は途中棄権も儘あることらしい。
『準決勝出場が四名となる為、次のレースにノスケ選手を加え、五名で決勝戦に変更とします! ――ええ、はい。次が決勝戦です!』
メイリィのアナウンスで会場がどよめいた。
好都合だ。レースは少ない方がいい。
問題はプリマローズの配下であるネネルペネルの魔力吸引をどうするかってことと、ノスケが勝つように仕組まれた八百長をどう看破するか。
観客席の裏手に向かい、ひと気のない通路で戦略を吟味していると、誰かが言い争う声が聞こえた。
物陰に隠れ、その様子を観察する。
そこにはリックとノスケの二人が居た。
リックがノスケの胸倉を掴み、ノスケはそれを受けながらそっぽを向いていた。揉めてる……?
「なんであんな奴らの言いなりにっ!」
「リックに……僕の気持ちなんてわからないよ」
二人は知り合いだったのか。
そういえば、リックも一度は競走会の一味に加わったって話だったな。
俺が仲介に入ろうとした瞬間、別の物陰から大柄な男の影が、ぬっと現れた。咄嗟に足を止めて物陰に顔を引っ込めた。
「ふふ、駄目ですよォ。リックくん。今さらノスケを説得しても無駄無駄。彼は私の飼ィ犬なんですからァ」
ミクラゲ・バナナだ……!
黒い背広の隙間からギョロついた眼球が覗いた。
もはや怪物の形態を隠してきれてない。
だが、ちょうどいい。
本人の口から核心的なことを吐くかもしれない。
三人のやりとりを観察することにした。




