65話 アーセナル・ドック・レーシングⅦ
それぞれ初戦の結果が出揃った。
二回戦進出の選手はトーナメント表の通りだ。
Bブロックの戦いでネネルペネルの囀りから逃れた選手は1人、ニムという女性操舵手だけ。
まさかのBブロック勝ち上がりは2名だ。
とんだダークホースが現れたものである。
二回戦開幕も間近だというのに、選手たちはプリプリという反則能力を持った敵の登場に動揺していた。
第4レース、二回戦の出場者は以下8名だ。
1号艇 ソード
3号艇 モリオ
8号艇 ペケサンチ
9号艇 ヤッヤ
10号艇 ナナミ
15号艇 セイント
17号艇 リック
18号艇 トウゲツ
ヤッヤとトウゲツはシード枠。
ヴェノムの当初予想の警戒対象、モリオやリックと比べても歴戦の強者という出で立ちだった。
ヤッヤはごりごりのマッチョだし、トウゲツは体中に謎の十字傷があってレーサーなのか武者修行あがりの修行僧なのか分からない風貌である。
とにかく言えることは、圧がすごいってことだ。
通常状態の俺なんかより凶悪だった。
一回戦と同じように俺は第1レーンに着いた。
隣のモリオは相変わらず妄想に忙しそうだ。
デュフデュフ笑ってマリノアとの甘い日々を思い描いている。二回戦はさすがに厳しいんじゃ………。
さらに隣、ペケサンチは真面目な表情。
一回戦みたいに煽ってくる奴がいなくて平和だ。
スタート合図を待って海の上で浮かんでいるときが一番静かで、本来のシーリッツ海ののどかな空気感を感じられるというもの――。
やっぱりこの海は静かな方がいい。
「クックック……」
波音に耳を澄ませてると、怪しい声が聞こえた。
「……?」
どこからか分からないが、選手の誰かだ。
第4レースも毎度の実況の盛り上げから始まり、スタートシグナルのブザーで開始された。
俺の二回戦の戦略は臨機応変にやるつもりだった。
初戦のように3秒数えてからスタートなんて悠長なことはできない気がする。きっと同じ作戦は二度通用しないだろう……。
程々の速度でアクセルハンドルを倒した。
「シェェェエイイイ!!」
「ぐぁあっ!」
誰かの雄叫びと誰かの悲鳴がこだました。
開始直後のことだ。何があった?
『なななんと!? 本大会予選シードのヤッヤ選手、開幕直後に一直線にペケサンチ選手に突進――っと、ここでモーニングスターのようなものでペケサンチ選手の機体を破壊ィイーー!』
実況の声で状況が伝わった。
好戦的な選手によってペケサンチが早々に沈んだ。
さらに遠くからも悲鳴が聞こえた。
「や、やめろ!」
「ヒャッハッハッハ!」
「ああっ……!」
初っ端から大混戦でまだ誰も前進していない。
俺も機体を止めて様子を見た。
トウゲツが機関銃をぶっ放し、リックの自慢の機体を蜂の巣にしていた。
煙が上がり、完全に機能を停止している。
『お次はトウゲツ選手、リック選手のアーセナル・ドックをバルカン砲で撃ちまくるぅー! これは悲惨な状況だ!?』
ヤッヤとトウゲツ、戦い方が最低だ。
ゴロツキのような暴れっぷり。
他の選手も騒然としてレースどころではなかった。
「いっ、嫌だー!」
恐怖に耐えかねたナナミという女性操舵手が逃げるようにコースを走った。
「ひひっ、逃がさねえぞ」
トウゲツが舌なめずりして追いかける。
そこに、メガネをかけて髪型をきっちりと七三に分けた、いかにも優等生なセイントが立ちはだかった。
「君たち、マナーが悪いな! レーサーとして正々堂々勝負したらどうだね!」
「うるせえ雑魚が! ルールなんざ無ぇよ!」
「ぬわぁ!」
トウゲツはお構いなくセイントを機関銃で攻撃。
セイントは撃沈して海に放り出された。
なんてことだ……。
「ひひっ、これで三匹。あと二匹倒せば、あのセイレーンは俺様のもんだ。ヤリたい放題、遊び尽くしてやるぜぇ、フォオオオオ!」
トウゲツは下卑た顔して雄叫びを上げた。
慣れたハンドル捌きでアーセナル・ボルガを回転させると、ナナミを追いかけるように飛び出した。
「すげえ」
俺は開いた口が塞がらなかった。
あれが男の執念というやつだ。
「ぐ……ぐぬぬぬぬぬ……」
「ぐぬぬ?」
すぐそこで傍観していたモリオが、あの惚けた表情でゆったりゆったりレースに参戦していたモリオの様子が、明らかに変わった。
ぐぬぬって。
「許さないぞぉ! マリノアちゃんは僕が守るっ!」
フンスーと鼻息を荒げたモリオ。
人が変わったようにハンドルを握りしめると、まるで炎が噴き出るような勢いで眼光をギラつかせ、すごい加速でトウゲツを追いかけ出す。
「おっとぉ! お次はお前だぁ!」
極悪な面したヤッヤが立ちはだかる。
すぐさまモーニングスターを振り回し、モリオの機体を攻撃。
モリオの機体はヤッヤの鈍器をもろともしない!
「な、なんだと!?」
「ヌォォォォォオ!」
モリオはヤッヤの機体に突進した。
合金で出来た鋼装甲のアーセナル・ドックが、ヤッヤの機体と衝突し、確実にダメージを与えていた。
「マリノアちゃあああああん!」
モリオの機体は特注の防御特化型。
まさかこんなときに役に立つとは誰が予想した。
愛だ……。愛の力だ……。
「くっ、なんだこのデブ!? すげえパワーだ!」
ヤッヤは苦戦して一進一退を繰り返す。
互いに銃撃を繰り出しながら、スタート地点だというのに凄まじい攻防戦を繰り広げていた。
モリオ、覚醒。
……だが、これは都合いい。
モリオがヤッヤと戦ってる間に、俺は先に進む。
ナナミとトウゲツを葬れば勝てるし、葬れなくてもモリオとヤッヤがこのままスタート地点で争っていれば3位以内には入れる。
漁夫の利だ。




