64話 アーセナル・ドック・レーシングⅥ
『さぁ、緊張の第3レース、Bブロックの予選が始まろうとしています! ――注目の選手は何といっても、あの方以外にいらっしゃいませんねえ!?』
気づけば、大会は第3レースに移行していた。
実況と解説がいると、試合を見てなくても進行状況がわかって助かる。
『ええ。まさかの魔王様の参戦ですからね』
『そう! 現代に蘇る魔界のプリンセスことプリプリ~~!』
プリマローズにスポットが当てられる。
そういえば、Bブロックにはプリマローズがいた。
実況と解説に持ち上げられ、レーンで待機するプリマローズは調子に乗って決めポーズを取っていた。
「あんなのまで出場するんだぜ?」
ヴェノムが呆れたようにプリマローズを揶揄した。
「確かに……。血走った眼した他の選手と比べても、すごく楽しんでる」
「まぁ、あれはもはやネタ出場だけどな」
「そういやプリマローズは何が狙いでレースに出場したんだ。謎すぎるな」
楽しそうなことは何よりであるが、出場の動機がわからない分、一番得体が知れない。セイレーンのこともビッチ呼ばわりしていたし、狙いとは思えない。
実況と解説もそこに注目し始めた。
『しかし、運営側も驚いてますわ。なんたって彼女、今では有名ゲーム実況者でしょう? 実況といえば、むしろこちら側にいる存在ではなくて?』
『いやぁ……その予定でしたが、急にオファーを断ってレースに出場すると言い出したので、私がこんな役回りに……』
実況のメイリィが仕事を忘れてしおらしくなった。
声でしか知らないが、メイリィに同情する。
プリマローズ、何が狙いだ……?
『おっと、いけないいけない!
Bブロック選手、スターティンググリッドに揃いました! チェッカーを振られるのは誰か!? 今まさにシグナルが~~!』
気を取り直して実況も仕事に戻った。
第3レース開戦の合図を出すと、スタートシグナルが盛大にブザーを鳴らして会場中に設置された信号機が一斉に赤から青一色へ染まった――。
『各艇、一斉にスタートを切るぅーー!』
プリマローズ、一体どんな走りを見せるんだ。
飛び入り参戦と思えないほど、立派なアーセナル・ドックを見せびらかした。
確か『ネネルペネル爆走号』だったか。
名前から察するにスピード特化型?
『操舵手が一斉に、第一カーブに差し掛かろうとしています! Bブロックは過去の大会においてもその知名度を上げ、決勝進出の経験がある選手ばかりが集められた、云わば準シード! ハイレベルな試合運びが予想されますが……っ!?
おーっと注目のプリプリ選手、前に躍り出る!』
カーブを曲がったところでプリマローズが1位に。
中継がプリマローズにズームインした。
大画面モニターにプリマローズの鮮やかな疾走ぶりが放映された。そして、まるでそれを狙っていたかのように、プリマローズはカメラ目線になった。
走りながらカメラの存在に気づいただと!?
「ソードーー!!」
え、俺!? 俺の名前を呼んだ!?
中継カメラはマイクを付けてなかったと思うが、なぜかその声が拾われ、爆音で中継されていた。
「この大会で妾が勝ったら……!
勝ったら……! 妾と結婚しろーー!!」
「……」
会場が凍りついた。
熱狂の渦に包まれていた第3レースが、幽霊が通り過ぎたように、しんと静まり返る。
「き、決まったのじゃ……!」
本人は満足そうにガッツポーズした。
それが目的だったのか、プリマローズ……。
この公開プロポーズ、誰が予想しただろう。
しかも大陸全土で中継されている。
名前が曝されたことに俺も動揺が隠せない。
穴があったら入りたい。
「よーぅし、宣戦布告は済んだ。ネネルペネル!」
「ネネルペネル!?」
プリマローズは1位をキープしながら、背後で追従する選手たちに向けて不敵な笑みを浮かべた。
ネネルペネル爆走号のハンドルで止まり木のように掴まっていたネネルペネルが翼を大きく広げた。
ネネルペネル本体もいたのかよ!
「ホォォォー!! ホォォォー!!」
呼ばれたネネルペネルは嘴を開けると、絶叫した。
まさかの下僕による魔法行使。
その鳴き声は【ホーホー】である。
魔力吸引の作用を引き起こす囀り――。
「あ、あれは……まさか……」
ネネルペネルの魔力吸引は厄介だ。
それは俺の【狂戦士】すら引き剥がすほど。
鳴き声を聞いた選手たちは急激に魔力が枯渇し、アーセナル・ドックを保てなくなっていた。
そうか。アーセナル・ドックは選手の魔力によって具現化する具象魔術の賜物。選手の魔力が尽きてしまえば、機体を維持できなくなるんだ……。
ついに第3レースの選手が一斉に船艇を失った。
そこからプリマローズの独走状態。
「にゃーはっはっ! これぞ魔王の戦いよ!」
プリマローズはご満悦な様子で疾走していった。
汚い。さすが魔王、汚い。




