62話 アーセナル・ドック・レーシングⅣ
二択に一つの『潜航渦潮』――!
よし、決めた。潜ろう。
勝利を確定させる意味では、あと敵三機のうち一機を倒したい。だが、二回戦目のことを考えて、今のうちに『潜航渦潮』の経験値を積んでおいた方がいいと考えたのだ。
渦の中に飛び込む。
海中トンネルへと舞台は変わった。
トンネル内は海に出現したトルネードのようだ。
海の中で蜷局を巻いた渦が、次のチェックポイントである海面まで続く様子は、異様に神秘的な光景だった。
トンネル内部は、上も下も関係がない。
操舵手は、まるでサーフィンでもするかの如く、トルネードの上でも下でも側面でも、どの角度も滑走できる。
おまけに、マナブーストリングはトンネルの内腔を占めるように連続で設置されている為、海中コースを通る選手は強制的にブーストがかかる仕掛けだ。
速度は水上での走り以上。
必然、交戦で振り落とされるリスクは高まる――。
「見えた!」
5号艇のデケデケだ。
俺はデケデケの背後から猛スピードで追従した。
デケデケはすぐ俺に気づいた。
俺からの攻撃を受けまいと、欺くようにトンネルの側面から上部、上部から側面、側面から底面へと走る角度を変則的に変えていく。
「しゃらくせえな」
接近戦に持ち込もうと迫るが、その都度、デケデケはフェイントをかけてトンネルを駆け抜ける。目が回りそうだ……。
「テメェか。さっきから実況で騒がれてる野郎は!」
デケデケが俺を睨みながら吠えた。
残念だが、もう操舵手はほとんど生き残ってないんだ。当然、最下位から追い上げる俺に実況と解説も注目するだろうよ。
「注目されるのは本意じゃないが、こうなったら開き直るぜ。あんたも諦めな」
「ざけんな! 絶対にマリノアちゃんは頂く!」
「あんたもマリノア目当てか」
「それ以外に何がある。俺だってこのレースに賭けて有り金全部溶かしたんだ!」
今回でどれだけの男が破産するのだろう。
「そりゃご愁傷様……」
「どういう意味だ!? 負けねえぞッ! 喰らえ!」
マリノア、罪な女だ。
デケデケは、有り金を全部溶かしたというマシンの側面に付いたデカい口径の銃砲から爆弾のようなものを放ってきた。
擲弾発射砲だ!
かっこいい。
感心する間にデケデケは船渠のケツを叩き、エンジンの噴射装置を起動した。
マフラーから爆音が鳴ってターボが噴射。
デケデケが急加速して、俺を引き離していく。
同時に、グレネードが俺に着弾しそうになった。
「――【抜刃】!」
俺はそのグレネード弾を剣に変えた。
飛び道具には飛び道具だ。
グレネード剣を掴み、間髪入れずに投擲。
剣は狙い通りデケデケのマシンに突き刺さった。
おそらく、爆薬は活きているだろう……。
「なにィ!?」
海中トンネルで、盛大に爆発が起こった。
デケデケの5号艇は大破。
俺はその爆風の中を掻い潜って、海中トンネルを抜けきった。
出口となる海面へ勢いよく飛び出る。
だが、3号艇モリオと8号艇ペケサンチがいない。
もうゴールは目前だ。
『おーっとッ、1号艇ソード選手ッ!
潜航渦潮を抜けて1位に浮上だぁ!』
『機体がオールラウンド型だからと過小評価してましたが、ソード選手の戦術自体は攻撃型だったようですわね。……ん? ソードってどこかで……』
パウラに気づかれているー!
実況と解説の声が届く頃には、俺はゴールを通過していた。
『ゴォォォオーール!! 1位は1号艇、ソード!
素晴らしい追い上げでしたぁ!』
走りきった余韻を残し、海上を滑って大画面モニターから戦況を確認した。
『2着目、8号艇ペケサンチがゴォォーール!』
ちょうど実況のメイリィが2位確定を伝えた。
どうやらペケサンチは渦潮に入らず、水上から攻めたようだ。道理ですれ違わなかったワケだ。
そういえばモリオは?
ヴェノム曰く要注意人物だって話だが。
まさか秘策があって着実に3位を狙ったとか――。
『おやぁ!? 3号艇、モリオ選手、いまだに離れ小島のカーブを曲がったところー!? 遅い! 遅すぎるー!』
『彼、マイペースですわね。というか顔が赤くありません? 熱中症かしら?』
遅っ! やる気ないな!?
モニターにドアップで映し出されたモリオの顔は放蕩しきり、画面越しからも「デュフフ、マリノアちゅぁ~ん」と呟いている様子が読唇できた。
そして、モリオはゆったりゆったりコースを進み、かなりの時間差でゴールした。――第3位で。
「……」
まさかの不戦勝。
お前……俺が他の選手を葬ってやったからだぞ。
なんて運の良い奴だ。
選手控室に戻り、ジャケットを着込む。
第1レースが終わった直後から、観客の俺への視線がだいぶ変わった。観客席から黄色い嬌声が上がり、通路を歩くと女が取り囲むようになった。
キャーキャー、と……。
悪い気はしない。
そこを必死に払いのけようと通せんぼするのがプリマローズだった。
「あっ、こらっ、妾のじゃ! 妾の男じゃぞっ!」
お前のモノじゃないが。
鬱陶しいので再び男性更衣室に戻った。
少し待って、フードで顔を隠して観客席に行くか。
シズクやヒンダの近くにいれば、ひょっとすれば子連れの家族だと思われて、誰も寄りつかなさそうな気がする。
「――君、第1レースのトップレーサーだね」
更衣室の奥から声をかけられた。
まさか男にも言い寄られるとか、ないよな。
そういう趣味はないんだけどな。
「む!?」
声をかけてきたのはノスケだった。決勝シードの。
優勝候補の登場に、思わず俺も身構えた。
「君ならきっと……。頼む。僕に負けないでくれ」
「はぁ?」
続く言葉が、さらに俺を困惑させた。




