61話 アーセナル・ドック・レーシングⅢ
盛大な歓声が上がる。
やけに派手なビューグルの音が響き渡り、第1レースの開幕を知らせていた。
俺は1号艇であり、第1レーンに配置された。
第2レーンのタチオというひょろっとした男が、こちらをちらちら見てくる。
なんだ? 文句あるのか?
「キミ、素人だろう?」
「あぁ?」
「まさにそんな感じだよね。肩肘張っちゃってさ」
「……」
こいつ、煽りだ!
他の選手を動揺させて蹴落とすタイプの嫌な奴!
無視だ、無視。
「おや? 緊張で声も出せないかい?」
「……」
「ま、僕は前回で準決勝までいったことあるし、一回戦なんて余裕なんだけどね」
「……」
無視し続けたのもあって、タチオは諦めて逆隣のモリオに絡みに行った。
しかし、モリオはデュフデュフ言うばかりで、逆にタチオがドン引きしている。
『さぁ、ついにやってきました!
第24回アーセナル・ドック・レーシングッ!
なんでもありの白熱の競艇バトルをここ、シーリッツ海の特設会場からお届けします! 解説を務めますのは~!?』
『パウラ・マウラですわ』
『特別解説ゲスト、タルトレア大聖堂の事務次官、マウラ氏にお越しいただきました~! 実況はこの私、メイリィちゃんでーす!』
待て。解説の女、聞き覚えのある声だったぞ。
事務次官って、DBの補佐的な役柄なのか。
タチオの煽りより、解説の存在のが気がかりだ。
動揺しているうちにスタートシグナルが点滅を始めていた。
――赤2回の点滅後、青1回の信号が表示された。
操舵手が一斉に走り出す。
「はっはっはー! 1位は僕のものだ!」
タチオが大声を上げてスタートダッシュを切る。
なかなかの立ち上がり。
俺はその様子をスタート地点で止まりながら見守っていた。
『おーっと1号艇、まさかのマシントラブルか!?』
実況も俺の停止に気づいた。
会場の観客も野次を飛ばしてくる。
「はん、素人がっ! 怖気づいたかい!?」
タチオが後ろを見て、まだ煽ってくる。
俺のことはいいからレースに集中しとけよ……。
実のところ、俺は第一レースでまともにスピード勝負をするつもりがない。
1……2……3……!
三つ数えてからスタートを切る。
行くぞ!
遅れてのスタートだが、初速から急加速で一気に追い上げた――。
ロック爺さんから譲り受けたアーセナル・ドック。
この船渠の問題点は、高性能すぎる所だ。
一回戦から決勝まで4回もレースする必要がある俺にとって、"性能"というカードを始めから出し切ってしまうのは悪手。
最初から全力を出すと、注目を集めて警戒されてしまうことが予想された。
ノスケだって同じだ。
あいつも自分の手札を見せない。それを真似る。
そして重要な事は、これが俺専用機ということ。
攻撃手段は"剣"なのだ。
『ソード選手! スタートは失敗したものの、懸命に追い上げる!』
『故障ではないようですわね。戦略かしら……?』
DBの補佐マウラ、目聡い!
その辺、DBと似てやがるな。
俺は他選手との距離をどんどん詰めた。
観客から見たら、ちょっと早いな、程度の速さだ。
凡庸の機体ならカーブで曲がりきれるか心配になる速度感である。これでもまだ余裕で直角カーブでも曲がれるが――。
第1レースは沖にあるいくつかの離れ小島の間を掻い潜るようなコース設定であるため、カーブが沢山あり、死角も同じ数だけ存在した。
ここら辺ならいけるか。
機体のアクセルハンドルを固定して、速度を一定にする。
そして機体から【抜刃】で剣を抜いた。
準備完了だ。
剣を片手に携え、重心移動だけでカーブを曲がっていく……。
前方を往くは、4号艇ホリィと7号艇ゴウヅ。
二機が離れ小島のカーブで交戦していた。
互いのアーセナル・ドックの前方砲撃ユニットと、サイド銃撃ユニットをぶっ放しながら、派手に水飛沫を散らしている。
俺はその間を潜り抜けるように走った。
通過した直後――。
『おおおお! ホリィ選手、ゴウヅ選手が転覆!? 混戦の中、機体が耐えきれなかったかー!?』
『不自然な転覆ですわね。ソード選手の乱入が影響したように見えますわ』
不可視の剣戟に攻撃された二機が、転覆した。
「二体撃破。あと六機!」
――そう、これが第一レースの戦略。
俺は剣士だ。斬撃の速さには自信ある。
後で録画された動画をコマ送りしないかぎり、俺が二人に何をしたか、誰一人気づかないだろう。
これぞ剣の人間兵器の特権。
皆が当然のように速度、機動力、耐久力、銃弾火力こそレースの要だと考えるのに対し、剣術という近接戦を仕掛けられる。
近接攻撃をするなら背後からの追い上げ。
俺はあえて最下位というマウントを取ることにより、敵からの砲撃を浴びることなく、追い抜かす刹那の接触で、この戦術を可能とする――。
それに、どれだけ剣に自信がある奴でも、レースに剣を持ち込もうとは思わないだろう。最初から剣を持参しなければならないし、そうすると重要な局面ですら片手ハンドルを続けなければならない。
俺の【抜刃】なら出し入れが自由だ。
さらに速度を上げ、トップ集団に追いついた。
その先にマナブーストリングがあった。
アレはなるべく潜りたい。
速度アップが不自然に思われないように。
「ヒャッハー! 今年こそ優勝だー!」
ハイになったタチオがリングを潜ろうと手前のジャンプ台に乗りかかった。
俺も後に続き、一気に距離を詰める。
「――おい。肩肘張ってねえか?」
すれ違い際、タチオに向けて呟いた。
互いにジャンプした状態、どちらがマナブーストリングを潜るかの瀬戸際で、俺はタチオのスピード特化の軽量型ドックを斬り捨てた。
タチオのマシンは空中で粉々に吹き飛び、タチオ自身も海に落ちる。
「なんだ今の!? 僕に何をしたぁあああ!?」
タチオの断末魔が遠のいていった。
甘かったな。
俺を初心者だと見くびったのが敗因だ。
リングを潜った俺は、さらに加速をつけた。
そのすぐ前を往く六号艇マメを葬る。
残りは俺を除く三機。
3号艇モリオ、5号艇デケデケ、8号艇ペケサンチ。
二回戦進出は上位3名まで。
となると、あと一機倒したいところ。
しかし、レースは終盤に差し掛かり、『潜航渦潮』が見えてきた。
「チッ……」
このギミックは俺の戦略上、一番厄介だ。
実質、二手に別れるから敵が別コースを進めば近接戦が通用しなくなる。
さぁ、どうする?
他の3人はどっちを選んだ?
潜るか、水上をこのまま進むか――。




