60話 アーセナル・ドック・レーシングⅡ
会場の選手待機列からミクラゲの挨拶を聞く――。
観客席の前に設置された特設ステージだ。
ミクラゲは厚手の黒い背広に身を包んでいて、最初の印象通り、今も人間と変わらない姿をしてる。
今思えば、この暑さであの厚着は変だな。
背広を脱いだら目玉だらけの軟体生物が現れると思うと、ぞっとする。
「おかげさまで、このアーセナル・ドック・レーシングも第24回を迎えました。出場レーサーも今年はついに28名にも及び――」
それっぽい挨拶を並べやがる……。
アレで平然とセイレーンをレースの賞品となるように仕向けたり、都合の悪い人間を殺したり、家族の仲を引き裂いたりと悪行を繰り返してんだから最低だ。
「本大会においても熱狂と興奮を世界にお届けできることを願い、レースの開幕をここに宣言します。アーセナル・ドック競走会会長、ミクラゲ・バナナ」
挨拶を締めくくると、ミクラゲは黒いハットを手で押さえ、演台から一礼した。
会場から拍手が湧き起こる。
再び頭を上げたミクラゲは一瞬、俺に一瞥くれた。
ニヤっと卑しい笑顔を向けてきた。
うわぁ……。
望むところだ、ミクラゲ・バナナ。
お前がどんな陰謀を企てているか知らないが、最後に勝つのはこの俺だ。
会長挨拶の後、実況の女からルール説明があった。
選手は既に熟知してる。
スタート地点からコースを走り、指定のチェックポイントを通過してゴールまでの順位を競う。
コース上にはギミックの数々。
選手同士、直接攻撃による戦闘行為は容認する。
最後、今大会の賞品とその説明が観客席の頭上のモニターに並び、マリノアの姿も映し出された。
マリノアは少し上目遣いで、不安げな様子を見せながらも、自分を手に入れる優勝者を待ってますと言わんばかりに目をキラキラと輝かせた。
役者だなぁ、あいつ。
マリノアが映し出された瞬間、
「うぉおお! マリノアちゃーーん!」
「デュッフゥ……ぐひっ、僕のマリノアちゅぁん」
「マリノアー! 俺だー! 結婚してくれー!」
出場者の大多数が雄叫びを上げた。
ほとんどの男がマリノア目当てだ。
むさ苦しい選手待機列から離れるため、ルール説明が終わった直後、俺はいち早く群れから抜け出た。
「ふぅ」
人口密度が高すぎる。
熱気があるのは良いが、むさ苦しいのは勘弁だ。
拓けた通路に出て新鮮な空気で深呼吸する。
「むさ苦しいのう。あんなビッチの何がよいのじゃ」
「……?」
ちょうど選手の群れから抜け出た通路の狭間で、顔なじみとばったり遭遇した。
プリマローズ・プリマロロだった。
「え、お前なにしてんの?」
「ソードぉぉぉ!」
水着姿だった。
テカテカに銀光りする派手なビキニ。
魔王のピンク髪と妙にマッチしていた。
プリマローズは俺を見るや否や抱きついてきた。
大きなおっぱいが俺の素肌に当たる。
「その姿、もしかしてプリマローズも……」
「ふっ、そなたが出場するなら妾も当然じゃろう」
「本気か?」
「おうとも。蒼海を優雅に駆ける妾の美麗な水着姿にソードも惚れ直してくれるのでは、と思うてな」
「そんな馬鹿な……」
惚れ直すどころか、惚れたことすらない。
俺が既に好意を寄せてる風にするな。
しがみついたプリマローズをそのまま引きずり、一番近くのトーナメント表を確認しに行く。
「見るがよい。正式な選手登録も済ませてある」
ちゃっかり『25号艇 プリプリ』の名があった。
なぜ気づかなかった。
幸いにもプリプリはBブロックだ。俺と初戦で重なってない。
初戦敗退してくれれば、プリマローズとの対戦は避けられるだろう。
しかし、これは……。
ノーマークだが、真打ちがいたか。
「お前にアーセナル・ドックなんて現代兵器を乗りこなせるのか?」
「大いに自信ありじゃ」
「練習で一切見なかったが」
「ふん、練習など妾には不要。かつて世界を蹂躙し尽くし、この世のすべてを欲しいままにした妾じゃぞ? 魔動機の一つや二つ、乗りこなせなくてどうする」
大した自信だ。
プリマローズは片手で鉄筒を振り、手元から自前のアーセナルを出現させて片手で持ち上げてみせた。
「それだけでない。妾の愛機『ネネルペネル爆走号』を見よ」
プリマローズの機体は相棒の梟を模した装飾だ。
船渠の前面はフクロウの顔のようで、後方へ展開されるウイングは梟の翼の形をイメージしている。
「これぞ妾専用の機動船渠。パワー、敏捷性、砲撃火力、どれを取っても魔王に相応しい性能じゃ」
「アーセナル・ドック持ってたのか」
「うむ。ゲームによるイメトレも完璧じゃ」
「……」
そうか。プリマローズはゲーマー。
ゲーム要素も多いこの競艇ではイメージも大事だと本人も言っていた。
これは意外と強敵なのでは……。
くっ、警戒対象が増えた。
『――選手の皆さん、第一レースが始まります。
出場者は指定の入場ゲートに向かい、スタンバイをお願いいたします』
混乱そのままに第一レースが始まろうとしていた。
とにかく今はレースだ。
対戦するとしてもプリマローズとは準決勝でだ。
その前にたっぷりこいつの戦いぶりを観察させてもらうことにしよう。
俺はそそくさと選手入場ゲートに向かった。




