6話 魔王退治RTAⅡ(タイム邸) ※挿絵あり
村の内部はもっと複雑な構造をしていた。
地面は土ではなく別の材質だった。
フルアーマー姿の【狂戦士】の俺は、歩くたびにカツカツと乾いた音が鳴った。
真っ直ぐ道を歩くと、正面に大きな家が見えた。
あれがシズクの家だろうか。
というか、それが家かどうかも判断できなかった。
俺の知る家は、屋根があって、窓があって、ドアがあって、テラスには椅子なんかが添えられているのが定石だ。
だというのに、ラクトール村の家は、どこもかしこも四角い。
鉄の豆腐が並んだような感じだった。
庭も少ない。
「つきました。プリプリさんは此処です」
「この四角い洒落っ気のない箱に?」
「我が家の母屋ですけど……」
シズクは不服そうな顔をした。
よくわからないが、シズクは入りたくないそうで、"自動ドア"というのだけ作動させてもらって、俺一人で入ることになった。
念のため、【抜刃】が使えるか検証した。
この辺の素材でも問題なく"剣"に変えることができた。
家は綺麗だが、一番奥の部屋だけ扉が開けっ放し。
明かりも漏れている。
おまけにゴミも廊下まで散らばっていた。
それに変な声も聞こえる。
「――よいよい。では此度もサクりと……アアアアア!?」
聞く者の精神を汚染し、即座に洗脳させる絶叫。
これは紛れもなく魔王の声。
まさか、もう戦闘中か!?
魔力耐性のない人間がアレを聴いたら一溜まりもない。
急いで部屋に飛び込んだ。
滑り込む直前、散らばったゴミのうち、最も硬そうな物質に【抜刃】を使い、重量感のあるダガーナイフを作成する。
逆手にそれを構え、ゆっくり部屋に入った。
魔王は背を向けていた。
だが、俺にはわかる。こいつは魔王だ。
服は昔より軽装。豪奢な甲冑も派手なスカートも装備してないが、あの長いピンクの巻き髪。邪悪な両角。間違いない。
使い魔【ネネルペネル】という眠たげな梟も肩に止まっていた。
あの梟の鳴き声には苦戦した。
普段、寝た状態で鳴く「ホーホー」は対象に"鎮静"をかけ、魔力を吸収する。
俺でいえば【狂戦士】の変身時間が短くなる。
逆に、起きた状態で鳴く「コーコー」は対象を"興奮"させ、混乱状態に陥れる。
同士討ちを狙った特殊魔法だ。
しかも、魔力耐性無効で効果を発揮するため、鳴き声を聞いたら無条件で誰もが状態異常になる。
……間違いなくプリマローズ・プリマロロ本人。
でも、何者かと対峙するでもなく、光る壁と見つめ合っていた。
「あー、驚いた。嫌なタイミングじゃな」
誰と喋ってんだ?
俺は忍び足で距離を詰めた。
正攻法では、まずネネルペネルを攻撃して眠りから起こし、「コーコー」を一度使わせ、味方全員わざと興奮と混乱にかかる。
混乱が治癒するまでは耐久戦だ。
そこからネネルペネルが再び眠りにつくまでがプリマローズとのガチンコ勝負。
彼女は物理攻撃を当てると物理攻撃耐性が高まり、魔法攻撃を当てると魔法攻撃耐性が高まる。
いずれほとんどダメージが通らなくなる。
ガチガチになった彼女を元に戻す手段は"回復魔法"だ。
あえて彼女に治癒術を施すことでステータスが初期化される。
つまり、ネネルペネルをフォローしながら、物理攻撃と魔法攻撃と回復魔法を繰り返すのが魔王の正攻法。
俺は正直、剣特化だから単騎は厳しいかもしれない。
しかし、彼女には弱点がある。
それは"うなじ"だ。
彼女は容姿にプライドがあり、顔周りに隙は見せない。
うなじは特に攻撃しづらい。
でも隙だらけの今なら――。
光る壁の明かりを頼りに近づいていく。
プリマローズが何に夢中か知らないが、今なら一突きでうなじを刺せる。
あとは物理攻撃耐性ができる前に倒せばいい。
【狂戦士】状態で火力を底上げした今の俺なら、いける!
間合いを詰め、一振りで刺せる距離に来た。
得物を振りかぶって――。
刹那。
「キャアアアアアアアア!」
またしても彼女の絶叫。
あまりのうるささに俺も思わず驚いて声が漏れ出た。
「ぐっ……!」
「ん?」
振り向かれた。気づかれた。
「うおぇ!? その黒き雄姿はァーー!?」
「チッ、バレたか」
間に合う可能性に賭けて、ダガーナイフを振り下ろした。
だが、時すでに遅し。
攻撃は容易く爪で弾かれた。
「くっそ!」
バックステップで一旦距離を取る。
失敗した。ここからの持久戦、単騎でいけるか?
「リスナーよ、すまぬ。親フラならぬ勇者フラが発生した」
プリマローズが何を言ったか、理解できない。
背後の画面に叫んだようだが。
「リスナー?」
「ネネル、配信を切っておくのじゃ」
「ホーホー」
ネネルペネルがプリマローズの肩から飛び降り、パタパタと小さく羽ばたくと、画面前の台に降りて嘴で叩いた。
ついでに光る壁の光も消えた。
「ライト、オンじゃ」
プリマローズが呪文を唱えると部屋の明かりがついた。
俺たち二人の姿が明かりに晒される。
「えっ、えっ、本当にソードかの!? わーい。やったぞえ!」
「テメェ、魔王が一体なにやってんだ?」
「なにってゲーム実況じゃぞ?」
シズクと同じく返答の言葉の意味がわからない。
次第に俺も変な汗が出てきた。
「げーむ実況……?」
魔王となら、この時代の人間よりコミュニケーションが取れると思っていた。
変な話、一番お馴染みの存在かもしれない。
それが久方ぶりに再開すればこのザマ。
本当にここ、五十年後の世界か?
作中の挿絵は、本生公 先生にご提供いただきました。
ありがとうございます。




