59話 アーセナル・ドック・レーシングⅠ
気づけば、色んなものを背負っていた。
セイレーン全体の種族の行く末。
ある老人の生涯。引き裂かれた家族の仲。
背負ったものは重たい。でも、何故だろう。
人間に利用されて魔王を倒しに行くだけだった以前の人生と比べると、今こうして自らの意思で人と関わることは、不思議と厭ではない。
これは自由を求めて始まった人生。
今の状態は、自由とは程遠い。
アークヴィランを倒しに行ったり、王都で騙されて迷子になったり、砂漠を海に改造したり――お次はレース大会に出場だ。
忙しいといえば忙しい。
……が、充実していた。
なぁ、本来の九回目の覚醒のときの俺よ。
お前は一体どんな人生だった?
鏡越しに5000年前の自分にそう問いかける。
今は選手の控室ロッカーで着替え中だ。
「……」
ロック爺さんから80年前の話を聞いたとき、あらためて今の俺が5000年の積み重ねによって此処にいるのだと自覚させられた。
当然のように思えるが、凄いことだ。
数十年前のことですら他人事に思えるのに、それを千年単位で振り返るなんて無謀にも程がある。
相方の不在を寂しいとすら思えたんだから――。
「シール……何処にいるんだよ……」
昼花火が、段雷の音を奏でた。
いよいよ大会が始まるんだ。
俺はロッカーの扉を勢いよく閉め、ジャケットを肩に掛けて、ロック爺さんから譲り受けたアーセナル・ドック片手に控室を出た。
マシンの調子を見るのに一日かけた。
ロックの職人技はすごかった。
船のハンドルを引くと、ものの数刻で最高速度に達する。高馬力の賜物だ。
ハンドルも重すぎず、軽すぎず、直進でブレることはないのに直角カーブでも小回りが利いて、すんなり曲がり切れた。
この機体は、乗り手を選ぶだろう。
おそらく普通の人間じゃ反射神経が追いつかない。
どうしても操作中にマシンの性能に怖れ、乗り手が自らパワーをセーブする。そんな機体だ。
重要なのは、これが俺専用の機体であること。
ロックはかつて俺に助けられた時、見たのだ。
俺の本来の攻撃手段を――。
「お、ソードじゃん。けっこう様になってるね~」
競艇場の観客席下の通路でヒンダと遭遇した。
俺の選手らしい装いを見て、感想をくれた。
はいはい。そりゃどうも。
両脇にはシズクもマモルもいた。
ラクトールの子ども三人衆が揃ってご来場だ。
「こんにちは……」
「こんにちは! ソードさん、頑張って!」
シズクは相変わらずぼーっとした様子。
マモルはガッツポーズで俺にエールを送った。
そうか。こいつらにも見られるんだ。
まぁ壮大な観客席に比べたら、大したプレッシャーではないが……。
アーセナル・ドック・レーシングは、海岸線沿いに特設の観客席が用意される。
海を前にスタジアムのように座席が並ぶのだ。
そこから広がるコースの光景は圧巻。
水上の障害物、電子フラッグの浮き、小島に設置された大画面中継モニター――という形で客が観戦しやすいように配慮されていた。
三人はラクトール村から遥々駆けつけてくれたが、もっと遠方から来てる客もいるらしい。
おまけに、レースは王国全土で中継される。
そこまで大掛かりなイベントとも露知らず、当日知った俺は間抜けである。
……まぁ、テレビに映ることは悪くない。
どこかで俺の過去を知る人物が気づいてくれたら、ロック爺さんのように昔話を聞かせてくれるかもしれないからだ。
「頑張ってくださいね」
シズクも、マモルに続いてエールを送った。
このシズクは、きっと普通の村人のシズクだ。
俺に競艇を指導したのも、ロック爺さんと会って自身のアーセナル・ドックをひた隠しにしたのも、この子とは別人なんだろう。
「マシンの件、助かったぜ。教えてくれた乗り方もちゃんと披露してみせる」
「……」
俺は会えて気づいてないフリしてみせた。
シズクの反応は薄いが、混乱もしていない。
こりゃ、こっちのシズクも確信犯だな。
もう一人のシズクと協力して二人一役を演じてる。
「ま、まぁ楽しみにしててくれ」
意地悪はよくないから、あえて話題を止めた。
――となると、あっちの慣れ親しんだシズクは何処か別の所にいるのかな。
子ども三人衆と一緒に試合表の確認に向かった。
観客席の下の通路にも張り出されている。
「はぁ~、すごい数の選手だねえ」
ヒンダが表を見上げて感嘆の声を漏らした。
選手は30名弱いる。
対戦はAとBの2ブロックに分けたトーナメント戦。
勝ち上がり式で、一戦あたり8機の操舵手が試合に駆り出され、上位3位までが次の対戦に進める。
2回戦以降、過去実績ある選手が混ざる仕様だ。
勝ち上がるほど経験豊富な猛者が加わり、レベルが上がっていく形式である。
3年連続優勝のノスケは特別シード扱いで、最終決戦で加わってくる。
敗者復活戦はない。
これは機体が損傷したり、選手が負傷したりで、脱落者が再戦に挑むことが難しい為だとか……。
Aブロックの一回戦は第一レースと第二レースがあり、勝ち残った6名にシード2名が加わり、二回戦が行われる。
Bブロックの一回戦は、第三レースのみ。
そこで勝ち残った3名と、Aブロックの二回戦で勝ち残った3名の合計6名にシード1名が加わり、準決勝が7名で執り行われる。
準決勝で残った3名にノスケが加わって決勝戦だ。
初参加の俺は初戦からレースがある。
素人扱いだからAブロック。モリオと一緒だ。
つまり、優勝まで計4回も勝たなければならない。
船大工のリックも初出場だからか、Aブロック第二レースに名前があった。
リックと当たるのは二回戦目からだ。
『Aブロック 第一レース(一回戦)』
一号艇 ソード
二号艇 タチオ
三号艇 モリオ
四号艇 ホリィ
五号艇 ……
六号艇 ……
七号艇
八号艇
こんな形で対戦カードが掲げられていた。
何かの縁か、俺は一号艇として載っている。
人間兵器一号の不思議な因果だ。
「うぉお、ちゃんとソードも出るんだねえ」
「今更!? この格好だぞ!」
ヒンダは屈託ない笑顔を俺に向けた。
「ラクトール村に恥かかせるんじゃねぇよ?」
「俺はいつから村の代表になったんだ」
「ソウルメイトだからねぇ。今日来れなかったラクトールの皆も、中継でソードを応援するってよ」
村人たち、ミーハーだな。
俺も初戦や二回戦で負けてやるつもりはないが。
そろそろ大会長のミクラゲから開会の挨拶がある。
会場の選手用待機列に向かわなければ――。




