58話 じゃがいも
「――以来、ワシはここで船を造り続けてますじゃ」
ロック爺さんは懐かしむように昔を語った。
俺やシールとの出会いは一瞬。
だが、この堅実な老人の一生を決めるには十分、衝撃な出会いだったようだ。
話が本当なら、数十年前まで俺とシールは『孤海の島』に度々往復して何かしていたようだ。
アークヴィラン狩りのような事もしてたらしい。
黒い霧の収集もしていたそうだが――。
それは箱舟の力の本体。
シールが瓶に採集していたのは何故だろう。
やっぱり『孤海の島』に秘密があるな。
あと、ロック爺さんと一緒に助けたセイレーンは、エレノアとマリノアの母親のような気がする。
『その姿……昔、母様から聞かされた黒騎士様の姿にそっくり……』
マリノアもそう語っていた。
あの時は100年以上前と言ってたけど、人間とセイレーンで時間感覚も違うし、マリノアが母親から伝聞で聞かされたときに齟齬が出た可能性もある。
……うむ。貴重な情報だった。
レースが終わったら『孤海の島』に参拝しよう。
シールの所在も、手掛かりがありそうだ。
「今の話、ワケあって俺は覚えてない。悪いな」
「よいのです。あなた様は命の恩人。それ以上、ワシゃあ望むことはありませぬ」
ロック爺さんは店奥にゆっくり引き返す。
「付いてきてくだされ」
「……?」
俺とシズクとベロは爺さんの後に続いた。
埃っぽい店内だったが、奥のバックヤードは、さらに砂埃が充満していた。
海岸から砂も舞い込んでいるな。
黄ばんだ埃が空気中を漂う光景が、薄暗い部屋で外から漏れる日光に照らされて際立っていた。
部屋の四方には木製棚。
そこに一つ一つアーセナル・ドックの鉄筒が並ぶ。
店構えは微妙だったが、在庫は充実している。
この老人が"売り"より"製造"にこだわっていたと感じさせる光景だ。
ロック爺さんが一番奥の金庫前で足を止めた。
重苦しい鉄の金庫が、木製棚の並ぶバックヤードで目立っていた。
まさにお宝ここにありって感じ。
ロック爺さんは番号を合わせ、徐に開錠した。
中に置かれた小さなケースを取り、俺の目の前で開いて見せた。
重厚な鉄筒が納められていた。
「ソード様のために造った船渠です」
「俺のために?」
「船を準備しとくように言われたあの日から、ワシは船大工として修業を重ね、アーセナル・ドックとしての自身の最高傑作を造り上げました。20年前に――」
20年前って。
だいぶ昔だな。大丈夫か。
それに、ロック爺さんがこれを俺に乗り物として提供するために用意したのなら、レース向けの機体でない可能性もある。
「ワシはこの傑作を、いつかソード様が現れた時の為に、と此処に納めておりました。いつぞやシール様がお一人でシーリッツに現れたとき、ソード様とはもう会えないかもしれないと諭され、もしやお命がと邪推していたのですが……こうしてお会いできてよかったですじゃ」
シールが一人で現れたとき?
今の断片的な情報、わりと重要な気がする。
その話もじっくり聞いてみたいな――。
「そのドックはレース仕様ですか?」
シズクが突然、話を割って指摘した。
俺が気になった事はさっくりと流されてしまった。
「……」
ロック爺さんはシズクの質問には応えない。
何やら心苦しいように眉尻を下げた。
ベロも遠慮なく喋り出した。
「爺さん、これ旧型じゃねえか?
レースには高性能なのがぞろぞろ集ってんだぜ……。旧型の機体を渡されても、結局お嬢が持ってる機体と変わりねえ。微妙な性能差があれど、ドングリの背比べってもんじゃないかねえ」
プロの船大工に、ズケズケと語るベロ。
ロック爺さんはお嬢と呼ばれたシズクを見た。
「お嬢さんもアーセナル・ドックをお持ちで?」
「いえ……その……」
シズクは困ったように首を振った。
頑なに鉄筒を背に隠して見せようとしない。
らしくない反応だった。
「カカッ、失礼。不躾に人の愛機を見るもんじゃないのう」
シズクの抵抗を察したロック爺さんがハゲ上がった広いおでこに手を当て、空気を切り替えた。
年の功か。ムードを変えるのが上手い。
真面目な表情に戻り、話を戻した。
「ソード様、心配ご無用ですじゃ。
この侵攻機動船渠、プロトタイプではありますが、現代の有象無象の最新機体に劣ることは決してありませぬ」
「へえ。すごい自信だな」
「ワシの生涯、50年磨き上げた技のすべてを詰め込んだ最高峰の作品――ワシの誇りにかけて、馬力、機動力、銃弾火力は最強であると保証しますじゃ」
その眼差しに強い信念を感じた。
俺が気になったのは、それだけレースに自信がある機体を作っておきながら、レースの開催そのものは否定的だったその姿勢だ。
「それだけのモノが造れるならレースに参戦して腕試ししたらいいじゃないか。さっきもレース仕様かって訊かれて、すぐ肯定しなかったな?」
爺さんは目を瞑り、ゆっくり首を振った。
「実はワシの孫が――」
孫? 家族がいるのか、この爺さん。
突然の身内話に思わず身構える。
ベロが驚いて声を張り上げた。
「孫ってまさか!」
「そうじゃ。船大工のリック。――ワシの孫じゃ」
「ああ、なるほど」
今回、要注意の操舵手
ロックにリックね。
息子さんはラックかルックかレックかね。
……冗談はさておき、孫の存在と何の関係が?
リックは自らが造った機体で、ここ3年ほど選手を勝たせられず出場を決めたって話だった。
「リックにはワシの技術をすべて叩き込んだ。ワシも孫可愛さで船造りを応援していた……じゃが……」
「じゃが?」
「いも」
シズクが咄嗟に重ねて、食材を提唱した。
おかしくなったかと思って一睨みすると、コホンと咳払いして自重した。
ロック爺さんは気にせず話を続ける。
「いつ頃かのう。ミクラゲがレースを催して以来、港中の船大工は金儲けを始めるようになった」
「ミクラゲ・バナナ――!」
「ワシはレース場が設置されて海を荒らされることに大反対じゃった。シール様にも申し訳が立たぬ」
悔しそうにロック爺さんは歯噛みする。
「そこにリックも乗りかかった。金が稼げるとワシに主張して、教え込んだ技術を金儲けに使おうとした。それからワシとリックは絶縁状態じゃ」
「そういうことか」
よくある家族の仲違いの話だ。
爺さんがレースと聞いて怒り散らしたのも、孫の顔が頭に浮かんだのだろう。
「リックも最初は評判よかったそうじゃが、3年ほど前かのう。ミクラゲがリックの腕を買って競走会公認の船大工に勧誘してからおかしくなった」
またミクラゲか。
あいつ、やっぱりレースそのものをでっち上げる為に裏で何か仕組んでやがるな……。
「……競走会に入会してから、うまくいかなかったのじゃろうな。少しして辞めたと風の噂で聞いておる」
「何かあったのか?」
「詳しくは知りませぬ。もう孫とは長いこと話してませぬので――」
心なしか寂しそうな雰囲気を感じた。
ある家族が競艇を原因に引き裂かれたのだとしたら悲しい話だ。
ミクラゲ・バナナはアークヴィランだ。
簡単にドンタを殺したことを考えると――あの死はミクラゲの仕業だと俺は信じているが、きっと競走会の組織内は真っ黒。
リックも何かされたのかもしれない。
「いやはや、それもワシには関係のない話。
ただ、ワシが教えたあの子の技術が、競走会に良いように利用されたのなら腹立たしくて堪りませぬ。
――ソード様が奴らに一泡吹かせてくださるなら、船大工として歩んだワシの人生も冥利に尽きるというもの。ぜひ協力させてくだされ」
「……」
ロックは再び鉄筒を差し出した。
固唾を呑んで、それを手に取る。
ずしりと伝わる重みから、この老人の生き様が込められているように感じた。




