54話 操舵指南(ライバル)
しばらく本格練習コースを使ってみた。
持ち前の身体能力もあって、アーセナル・ドックの速度感にはすぐ慣れた。
課題は、ギミックの数々――。
マナブーストリング。
この輪っか潜りは、手前のジャンプ台へ入る前の加速が重要だ。
逆に力みすぎても高く跳べない。
輪を潜った後も、直後の速度ブーストの反動で振り落とされそうになるのだ。
次に、ダイブ・ボーテックス。
コース途中のうず潮に入ると、本当に体が反転して海面の裏側を走れた。
海中コースはトンネルのように続き、今まで平面の動きしか想定してなかったアーセナル・ドックが、急に立体的な走りを見せるようになる。
しかも、至る所にマナブーストリングが設置されている。
直線距離では水上を走った方がゴールまで近いのに、海中に潜れば速度が増すからトントンといったところ……。
実際は海中からの方が速いかもしれない。
敵からの攻撃も、海中にいれば回避しやすそうだ。
そして、マシンも操舵手ごとに改造の度合いが違って、戦い方の幅も広い。
武装だらけの攻撃特化の機体。
装甲が厚く、防衛特化の機体。
速度重視な細身の機体。
戦略次第で、どの機体に乗って、どうやってライバルを蹴落として先にゴールするかが変わる。
奥が深いな……。
俺があれこれと自分に見合った作戦を吟味しながら練習の順番待ちしていると、見張り番の男が、気怠そうに欠伸しながら虚空に声をかけた。
「あーい、次の方、どうぞー」
「ん!?」
その声を聞いて驚いた。
聞き慣れた声だ。
作戦のことで頭がいっぱいで、気づかなかった。
「ヴェノム? 何してんだ?」
「おう……って、ソード!?」
薄地のTシャツとハーフパンツを着たヴェノムがマリンキャップを被って、首から号笛を垂らして、そこにいた。
なんだその格好?
いつもの髑髏面は? マントは?
ヴェノム、こんな爽やかな服装もするのか。
「砂漠の建築作業はいいのかよ」
破壊の匠が今度は海の監視員に転身?
仕事選ばないなー。
「チッ、見つかっちまったか」
ヴェノムは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「これはバイトだよ、バイト」
「バイト……。そんなに金に困ってたのか?」
ヴェノムの本業はアークヴィランハンターだ。
懸賞金でもタンマリと貰ってると思っていたが、どうやら違うらしい。
「魔物を倒せば金が稼げた時代とは違ぇんだ」
「世知辛いな」
「いや冗談抜きで」
後ろの待機レーサーが迷惑そうに咳払いした。
監視員とお喋りを始め、一向に練習を始めない俺に苛々している様子だ。
俺は先を譲り、横に退いた。
シズクも俺が練習を中断したことに異変を感じ、近くまでやってきた。
ヴェノムに気づき、「あっ……」と反応した。
なにか察したらしい。
ちょうどいい。
練習場の監視員なら何か情報があるだろう。
敵情視察には打ってつけだった。
「なんだ、お嬢も一緒かい。仲が良いのなぁ」
「シズクと一緒だと落ち着くんだよ」
「へぇ……。なんだか昔の剣盾コンビを見てるみたいだぜ。シールが知ったら嫉妬するぞ~」
ヴェノムは冷やかすようにケタケタ笑った。
シズクはむず痒そうに下を向いている。
確かにシールが知れば面倒臭そうだ。
あいつは感情らしい感情を出さないが、その分、内に秘めた執念は人一倍強い。何かをやらかせば、数十年、数百年と根に持って、徹底して仕返しなり復讐なりを貫くストイックな性格でもある。
「これもシールを考えての事だ。協力してくれ」
俺はアーセナル・ボルガの筒を見せびらかして、ヴェノムに事情を説明しようとした。しかし。
「俺は仕事中だぞ。――はい、次の方~」
ヴェノムは仕事に集中するフリをして、号笛をピッと鳴らした。関わりたくなさそうだ。
ちょっとくらいいいだろうに……。
そんなに現代では仕事一筋で生きているとは思いもしなかった。
「これも好きでやってるわけじゃねぇけどよ」
「元勇者が金に困ってるって笑えるな」
人のこと言えないけど。
「俺が"小瓶"の消費に悩んでたの知ってるだろ。商売道具に金がかかるんだよ。【抜刃】みたいに無から有を作る能力はいいよな」
「まだあの瓶って一個一個買ってるのか!?」
ヴェノムは親指を下に突き立てた。
そういえば、勇者をやってた当時も、瓶自体は王国からの支給。その中身の爆薬や溶解液こそがヴェノムの能力の本体だった。
「ケッ、最近は誰かさんのせいで出費も多いしよ」
砂漠で派手にぶっ放したことを言っているようだ。
「嫌なら砂漠の件は断ればよかっただろ」
「っ……! どうしても知りたいアークヴィランの情報だったんだ。DBに唆されたが、今思えばもう少し我慢すればよかった……」
そこまでヴェノムが知りたかったアークヴィランというのも気になる。今度、アークヴィランハンターの仕事ぶりも見学させてもらいたいものだ。
「俺もアークヴィランのことで情報が入ったら、ヴェノムに共有するよ」
「マジか!? そりゃあ助かるぜ」
「その代わり……」
俺はアーセナル・ドックの筒を再び見せる。
それを練習コースの方に向けて意思表示した。
要するに、情報交換の提案だ。
「……ふん、仕方ねぇなぁ。何が聞きたい?」
「他の操舵手の情報だ。よく視てるんだろ? 監視員さん」
「あぁ、まぁな――」
ヴェノムは頭をぽりぽり掻いて生返事した。
勇者同士で取引し合うこの雰囲気。
これでも昔は仲良かったんだけどな……。