53話 操舵指南(コース)
飛び乗りスタートと基本の操作感は覚えた。
でも、これだけではまだまだ素人。
本格レースを想定したハンドリングを学ぶために、俺とシズクは再びシーポートに向かった。
――というのも、『アーセナル・ドック・レーシング』は、ただ船を海上で走らせるだけの競技ではないのだとか。
日光が燦燦と照りつける道路を歩く。
大会に向けた装飾が日に日に増えており、シーポートの町並みはすっかりお祭りムードだ。
それだけの一大イベントなんだ。
運営のトップの正体を知ったら、町の住民は一体どんな反応をするのだろう。
「こないだ見た練習場は、マシンの調子を見るための慣らし運転の場所でした」
シズクは防波堤の側道から、そこを指差した。
エンジンを吹かせてアーセナル・ドックを操る操舵手が何人かいる。前にも見た場所だ。
人が増えているな……。
「そもそもあの狭さでは、ろくに練習できません」
操舵手は譲り合って交互に操縦している。
「言われてみれば……。全速力じゃなさそうだ」
「本格的に練習するなら、もう少し沖に出ます」
「へえ。どんな感じか楽しみだな」
シズクの詳しさに疑問を抱きつつ、連れられるがままに付いていく。
岸から桟橋が伸びた場所を経由し、そこから二人用アーセナル・ドックに乗って離れ小島に移動した。
離れ小島では、人の雰囲気が違った。
大会が近いからなのか、マシンの手入れや飛び込み台からドックに乗り込む競艇選手のピリピリとした空気感が、こちらに伝わってくる。
「これは……」
「ここから先は上級者向けです。ご覧ください」
シズクは、とある選手が飛び込み台からジャンプして、ドックで海上を駆ける姿に目配せした。
俺も同じように目で追う。
操舵手は物凄い速度でマシンを走らせていた。
直進したかと思えば、体を傾斜させて急カーブし、特大の水飛沫をあげながらドリフトする。
激しい。――が、ここまでは予想通りの動きだ。
驚いたのは、コース上に浮かぶ障害物の存在。
大きな木箱みたいなものが海に浮かび、ぶつかりそうになる直前、操舵手はジャンプして箱を回避した。
さらにその先、謎の輪っかが宙に浮かんでいる。
とある選手が、その輪の前に置かれたジャンプ台に乗り、ドック諸共、高々と跳び上がった。
輪をくぐると魔力反応があり、輪が光り輝いて粒子状に分散したかと思えば、アーセナル・ドックに魔力が吸い込まれてマシンが急加速した。
「なんだ、ありゃ……」
「あれはマナブーストリングです。潜り抜ければ、ドックの速度がアップします」
「ゲーム的要素!?」
プリマローズはゲームのイメトレを奨めていた。
実際のレースは、あのリングをどれだけ潜れるかが勝負の決め手なのか。
「まだあります。見ててください」
シズクは顔色一つ変えず真剣に見守っていた。
その表情は、本場のスポーツコーチのそれ。
猛烈な速度で海上を駆け抜けていたはずのとある選手が、忽然と姿を消した。
「うん!?」
転覆したのか?
消える直前、体を傾けて自ら転覆を誘発させたようにも見えた。その選手の消えたエリアから、一直線に水飛沫だけが海上に跳ね上がっていく。
――まるで海の中をクジラが潮を吹きながら高速で泳いでいるように。
よく見ると、そこに大きなうず潮があった。
「もしかして……」
「あそこは『潜航うず潮』と言われるチェックポイントです。あの渦に入るかどうかは選手の自由ですが、入ることでコースが海中に切り替わります。海上の障害物を回避したり、他の選手を出し抜くためのギミックですね」
「……」
コースが海中に切り替わる?
出し抜くためのギミック?
全体的に意味不明なんだけど。
シズクの説明は古代人の俺には難しすぎる。
お爺ちゃんに話すように説明してくれ。
「そして、肝心な事ですが……」
シズクは混乱する俺をよそに違う場所を見た。
コースからわりと離れた場所で、何やら騒がしく水飛沫が舞い上がっている。
目を凝らして見ると、アーセナル・ドック二機が一定の間合いを取りながら交錯し、機体から銃撃を放って浴びせ合っていた。
いや、銃撃って。
「レース中は敵機への攻撃が認められています」
「攻撃……戦うのか?」
シズクは静かに頷いた。
「はい。あれが本来の侵攻機動船渠――」
機械文明の進歩も、元を辿れば人間の凶暴な本性から生まれたものだ。
娯楽もそんな本性への回帰。
「アーセナルの発展は、機動兵器の歴史なのです」
「俺が使う機体も弾薬が詰まってるのか?」
「そのように設計されています……」
なるほど。それはよかった。
レース中に直接交戦していいなら、俺にも勝機がありそうだ。
俄然、やる気が出た。
さっそく本場のコースで練習してみたい。




