51話 ハイブリッド型外来種
「――なるほど。ソードさんがレースに」
シズクが食いついてきた。
目を輝かせて、前のめりに話を促してくる。
そういう展開を待ち望んでいたかのようである。
しかし、プリマローズは怪訝そうな態度だ。
「話が出来すぎておらぬか? ソードの参戦を条件にビッチども全員を賞品にすると? 主催の貴奴らに何のメリットがあるのじゃ」
「レースが盛り上がるからだってよ」
俺だって端から疑っている。
そんなウマい話はない。
ヒンダも言っていたが、好条件や好待遇の裏には必ず陰謀があるはずなんだ。そう考えると、やはりミクラゲ・バナナが何か企んでやがることは明白だ。
「仮に、もしソードが優勝できた場合、競走会はこれからも利用価値が高そうなセイレーンをすべて失うことになる。そんな大博打をしかけても、そなたをレースに参戦させようとする動機や如何に……」
プリマローズの言い分はご尤もだ。
可能性としては三つある。
一つ、セイレーンを失うリスクを負っても尚、俺の参戦にそれだけ価値があると踏んだ可能性。
レースが盛り上がるという不明確な理由ではなく、また別の目的があるとか……。
二つ、そもそも俺が勝つと思ってない可能性。
すべては嘘だってことだ。
あり得ない話じゃないが、ミクラゲは俺の剣の腕前も目の当たりにした。殺されるかもしれない相手に発破をかけたのなら、相当の度胸がある男だ。
三つ、俺が絶対にレースに勝てない可能性。
何か秘策があって、自信があるからセイレーン全員という大胆な条件を提示したってこともあり得る。
そもそも出来レースかもしれない。
「俺だっていろんな可能性を考えたが、考えてもキリないし、挑戦してから考えればいいかなって――」
勝てたら儲けモノ。
勝てなければ、力づくでセイレーンを奪いに行くだけの話。どうせ力づくで拉致した後は、まさか奴らも砂漠のど真ん中にセイレーンが隠れ住んでいるとは思いもしないだろうし、見つかる可能性は少ない。
だったら正当な理由で彼女たちを救出できるなら、そっちから手を付けた方が後腐れがない。
暗がりの峡谷に、一陣の風が吹き抜けた。
爆発による魔改造でだいぶ穴ができたが、それでも外から内部の様子はわかりにくくなっている。
ここならセイレーンも静かに暮らしていける。
「良いご判断です。せっかくなので楽しみましょう」
シズクだけ浮き浮きしていた。
プリマローズもDBも茫然として、何を言うべきか決めあぐねてダンマリになっていた。
「しかし……アーセナル・ドック・レーシングに挑むのは良いとして、そなた、競艇の経験は?」
「全く無いな」
そもそも記憶が五千年前のままだ。
当時、アーセナル・ドックやマギアなんて魔道機械は存在しなかった。
馬車や人力車があった程度。
この時代でも運転は今までシズクに任せていた。
「私が教えます。ご安心ください」
シズクは得意げに小ぶりな胸を叩いた。
頼もしい。しばらくは師弟関係になりそうだ。
「ふむ。レースまでもう日が無いのう……。妾も出来るかぎり協力するのじゃ」
「プリマローズも船の操縦ができるのか?」
「いや? 妾も乗り物の類いは苦手じゃ。自身の足で走った方が早い時さえある」
「……?」
それなら何を手伝ってくれるというのか。
意味がわからず、首を傾げたらプリマローズが捕捉するように言葉を添えた。
「妾の得意分野はゲームよ」
「そりゃ知ってるが、レースとは関係ないだろ」
「否、レーシングゲームでそなたを鍛える」
「鍛えられるか!?」
自信満々に出てきたものが結局ゲームかい。
「イメージトレーニングは重要じゃ。かつてゲームは某国の軍事訓練にも流用されたほどじゃった。きっとマギアやドックの練習にゲーム機を使う国もある」
「本当か、それ?」
俺はついDBやシズクの方に向いた。
静かに頷く二人。マジだった……。
「残された期間で、やれる事はやってみるべきじゃないかしら?」
DBは愉しそうにニヤりと笑ってみせた。
俺がまた慣れないことに悪戦苦闘する姿を思い描いているのだろう。なんて性格の悪い。
「私は諜報班としてレースの情報を提供するわ」
「それは助かる。ついでにアークヴィランも――」
「ミクラゲ・バナナ?」
そうだ。DBにはアークヴィランとしてのミクラゲ・バナナに関する情報を訊きたかったのだ。
DBは峡谷の暗がりの中で、ひっそり魔力を集中させて目の前にモニターを出現させた。
魔力粒子で構成された青一色の簡易モニターだ。
「残念だけど、"ミクラゲ"という名のアークヴィランは登録されていない。あるとしたら別名義かしら」
「特徴は、体中に目があるってことだ。あと正体は、クラゲみたいな見た目だった」
「……」
DBはモニターに意識を集中させている。
画面の情報ウィンドウがいくつも流れていき、伝えた情報に基づいて照会されていく様子が裏面からでも見て取れた。
「ないわね……」
「嘘だろ。新種ってことか? あんなに堂々と人間社会で活動してるってのに?」
少なくとも『アーセナル・ドック・競走会』の部下は――ドンタは、ミクラゲ正体を知っていた。
異様な怯え方をしていた。
その程度のずさんな情報統制で、アークヴィランだと身バレしてないのも凄いことだ。
「単純にアークヴィランじゃないのかもしれないわ」
「そんなことはない。あんな外見で――」
「外見の問題じゃないわ」
DBはモニターを閉じて、俺を真っ直ぐ見据えた。
「元はただの人間が、箱舟の力に呑まれたという可能性も考えられるわ。宿主として未熟だったり、何かしらの影響で宿主が自我を保てなくなった場合、本来のアークヴィランの人格が優勢となって、人間なのかアークヴィランなのかわからないハイブリッド型も誕生しうる」
"――アークヴィランと言われればそォんな気もしますが、人間だという自覚もありまァす"
ミクラゲもそう言っていた。
そんな融合型の新生物もいるのか。紛らわしい。
人間と外来種の線引きが曖昧になる。
「ハイブリッド型は人間としても活動できる分、データベースに登録されにくいわ。彼らを人間と扱うかどうかで人権問題にも発展するのよ」
「そんなことが――」
「あなたも前に見たでしょう?」
DBは俺を見据えて問いかけた。
そうか。イカ・スイーパーがそうだった。
外見は人間だが、宿主となった旅人は既に死んで、死体をアークヴィラン23号が支配していた。
それは、なんとも微妙な問題だ。
ミクラゲの情報がないことも不安である。
まだまだ敵情視察が必要かもしれない。




