50話 データベース・ジェラシー
明け方、東リッツバーの砂漠の峡谷に帰ってきた。
すっかりここが基地みたいになってる。
いっそ寝てしまいたくなったが、底冷えする峡谷の空気を吸って頭が冴えた。
峡谷の入り口ではDBが座って目を瞑っていた。
なんだ。寝てるのか。
黙って寝ていれば、それなりの可憐な少女に見えるから、やっぱりDBは喋らないうちが華だと思う。
「――なにかしら?」
近づいて寝顔を盗み見ていると、DBはぱちりと目を開けて顔を上げた。
「びっくりした。起きてたのか」
「寝てない。私に睡眠は必要ないわ。体は定期的に休ませる必要があるけど」
なるほど。
体が熱暴走しないように、とかいう理由だろうか。
機械の体にも事情があるんだろうな。
「お忍びでのシーポート旅行はどうだったの?」
「行き先までバレていたか……」
「貴方の考えていることは容易に想像がつく」
目ざといヤツめ。
DBのことは一生欺けない気がした。
「セイレーンを助けにいこうとしたんだよ」
「やっぱりね」
「それで、何から話せばいいか分からないが、その件でDBにも調べてほしいことがあって――」
DBが人差し指を俺の口元に突き立てた。
「ん?」
思わず、押し黙る。
そのままDBは指を峡谷の入り口の方に向けた。
そこには、派手に爆発させたせいで、あばら骨のようなデザインになった"玄関"が重苦しい空気を漂わせて待ち構えていた。
少しだけ、あばらの先端に装飾がされている。
海をイメージしたのか波模様の紐が括りつけられていたり、珊瑚礁をモチーフにしたのか三叉の突起物が付けられていたりと洒落込んでいた。
古風な港町の門を彷彿とさせる。
「へえ。わりといいセンスだな」
「わりとって酷い言いようね」
DBは抑揚のない声で不満を露わにした。
「あれ、手伝って」
「え……?」
「交換条件よ。手伝ったら調べ物を手伝ってあげる」
「そこは他でもないアナタの頼みだから、とかで通してくれないのか?」
元々、砂漠を海に変える話も、俺の頼みだからという理由で協力してくれている。
「てっきり仲間なら無条件でお願いを聞いてくれるのかと思った」
「それならヴェノムには取引を持ちかけたのは筋が通らないでしょう。……まったく。私はこれでも嫉妬深い女なのよ」
DBは短く溜め息をついた。
「どういう意味だ?」
「貴方の調べ物が、きっと私のエネルギーを使うに値する内容ではない――むしろその逆のような気がするから今回は取引、ってこと」
釈然としないが、DBは機嫌が悪そうだ。
相変わらず何を考えてるのかさっぱり分からない。
本気で嫉妬しているとも思えないし、そもそも何に嫉妬しているのかもわからなかった。
「俺が何を調べたいかは言ってないはずだが」
「どうせアークヴィランに関することでしょう。それも私と関係なさそうな新しい女の子の為――どう? 違う?」
まぁ、間違ってないが……。
そんなことで機嫌が悪いなら、いよいよDBも壊れている。俺とは元々そんな関係ではなかっただろうに。
「ああ。これが嫌がらせならタチが悪いな……」
「話なら作業しながら聞くわ。さ、どうするの?」
「仕方ねぇな。わかった。手伝うよ」
「取引成立ね」
DBの場合、無用な詮索はしない方がいい。
ギブアンドテイクを持ちかけられたら、そのままその提案に従った方が後で面倒くさくないのだ。彼女はそういう女だ。
俺は玄関の装飾作業を手伝うことにした。
朝から"玄関"の飾り付け作業に勤しむ。
下から装飾物を投げ渡したり、どこに付けるかの指示をしてくるDBに、シーポートでの出来事を話しているとシズクとプリマローズがやってきた。
「……」
DBは話の途中で突然黙り、俺を見上げた。
今話していた『アーセナル・ドック競走会』の話を二人にも共有するかどうか、その判断を俺に委ねているようである。
まぁ、どうせ話すつもりだったし。
シズクとは一緒にシーポートまで行って、セイレーンの現状を目の当たりにした仲だ。
レース大会に参加する上での意見も聞きたい。
俺はDBに頷き返して、二人にも話すつもりだと意思表示した。
「残念。私とは秘密をつくってくれないのね」
「そういう内容の話でもないだろ」
「ふふ、冗談よ」
絶対に人のことをおちょくってるな……。
黙っていれば今の三倍は評判が上がるだろうに、勿体ない女だ。




