47話 壁に目あり
ドンタから引き出したミクラゲの情報は五つ。
途中で怯えてパニックになるから苦労した。
まずシーポート南の洞窟に暮らしている事。
セイレーンの居場所をすべて把握している事。
最初にセイレーンを匿おうと言い出した事。
そして、過去にクシャーケーンや他のアークヴィランが街を襲った時、その原因をセイレーンに押しつけたのも、ミクラゲ自身であること――。
……これはちょっとおかしい。
セイレーンのような亜人種がアークヴィランを引き寄せる怖れがあることは現代では常識だ。
匿おうと提案した段階で、ミクラゲもそこを追及されたが、『アーセナル・ドック競走会』が管理に全面協力すると言って押し切ったらしい。
それが、いざ本当にアークヴィランの襲撃があった時、自らもその落ち度を弁明しながらもセイレーンの存在を大々的に挙げて、より管理を強化する、という主旨の発言をしたそうだ。
つまり、今のセイレーンの奴隷に等しい扱いは、ミクラゲがそう仕向けたようにも思えることなのだ。
最後にもう一つ、ミクラゲに関する重要な情報。
それは――。
「シュコー……」
【狂戦士】の姿で砂浜を一人で歩く。
もうすぐ変身時間も切れてしまうかもしれない。
それくらいの時間は経過した。
一応、戦いに発展することも危惧して早めに乗り込みたい。
ミクラゲは能力持ちだ。アークヴィラン由来の。
それが五つ目の重要な情報。
能力の詳細はドンタに何度尋問をかけても教えてくれなかったが……。
戦いが発生する可能性があるということだ。
砂浜を南へずっと歩くと、ドンタが教えてくれた通り、隆起した大きな岩々にぶつかり、海側から周ると洞窟が口を開けて存在していた。
ここがミクラゲ・バナナの隠れ家――。
ライトは忘れた。
洞窟は入り口だけ月明かりに照らされ、かろうじて視界が確保できているが、少し奥に踏み入れば真っ暗になるだろう。
まぁ、夜目は利くはず。
ミクラゲが住んでいるなら中に灯りくらいある。
「シュコー……シュコー……」
よし、早く決着をつけよう。
岩肌から【抜刃】で剣を抜き出して洞窟に入った。
狭い空間なら刀身は短い方がいいだろうと思って、ダガーナイフを採用した。
奥に進めど進めど、灯りは見えてこない。
しばらく歩いているうちに目も慣れてきて、いよいよ洞窟の構造は把握できるようになってきたが、それでも暗い。
「……」
息を殺して周囲の気配を探る。
ドンタのことは何度も尋問を検証するうちに、信用することにした。うん、あいつは良い奴だ。
だからドンタが、ミクラゲがここにいるって言ったならそれは本当だと思う。なのに、ミクラゲの気配すら感じない。
奥へ進んでると、どんどん空気が凍りついた。
異様なほどに寒い……。
黒い鎧を隔ててるのに、その凍りついた空気の肌感覚は俺にも直接感じ取れるほどだ。
「――――……」
その時、ふと真横から些細な気配を感じた。
あまりにも微量な魔力流動だった。
もし感覚を研ぎ澄ませてなければ見逃していた。
真横を向いて、眼前にダガーナイフを構える。
「……!?」
そこに"目"がたくさんあった。
壁中に目が犇き合っているような異様な光景――。
本当の意味での怪物を見た気がした。
咄嗟に向かいの壁に背をつけて、背後を取られないように安全マージンを取る。
「グフフ……グフフフフ……」
壁中に張り付いた"目"が、目尻を下げた。
好色そうな目つきに背筋が凍りそうになる。
ついでに、目だらけの壁が迫ってくる。
否、それは壁じゃなくて大柄の生き物がじわりじわりと歩み寄ってきているだけだった。
その目つき、まさか――。
「お前が……ミクラゲか?」
目つきに見覚えがあった。
初めてシーポートの町にシズクと訪れた時、防波堤でマリノアを選評にかける卑しい競走会会長の目と同じだったのだ。
「なァんですゥ? "人間"が何のォご用でェ」
黒い【狂戦士】の俺を見ても人間と認識する辺り、もはやこいつが真っ当な人間じゃない事は理解した。
「気持ち悪いな。それがお前の正体か――?」
大柄でブヨブヨな図体。
全身に目がびっしり開眼している姿。
能力持ちなんて話じゃない。こいつは、どこからどう見てもアークヴィランそのものだ。




