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人間兵器、自由を願う  作者: 胡麻かるび
第1章「人間兵器、自由を願う」
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45話 背広のバナナ


 『アーセナル・ドック競走会』の事務所に戻る。


 心配だったが、まだ肥満の男はぐうたら寝ていた。

 今の俺は【狂戦士】状態だし、尋問するには顔も隠せているから都合いい。


 マリノアを水槽に戻した。

 綺麗な海で遊泳しただけあって濁った水槽に戻されると厭そうな顔をした。



 さて……。


 ソファをぐるぐると回る。

 肥満の男は腹を出して豪快に寝ている。

 俺は近くのテーブルを【抜刃】で剣に変え、凶器を肥満の男の腹に宛てがう。


「おい――」

「フゴォ……フゴォ……」

「おい!」

「んぐふぉ!?」


 肥満の男はぎょっとして飛び起きた。

 剣の先端が刺さり、腹にぷつりと血玉が浮かぶ。


「ひっ!?」

「この状況、わかるよな? シュコー」

「かっ、金はない……! 助けてくれっ!」


 金……そういえば欲しいな。

 こないだゴーレム君の賞金を逃したばかりだ。

 でも俺はそんなこと以上に、この肥満が俺のことをそんな低俗な強盗だと勘違いしたことに腹が立った。


「俺がそんな目的の為にこんなことをしてると?」

「ち、違うのか?」

「シュコー……」


 俺は顎で肥満の後ろを示した。

 水槽の縁で腕を組んで寛ぐマリノアが、ニコニコしながら手を振っている。


「マリノア? ま、マリノアは駄目だ! あいつを奪われたら、俺が殺される!」

「殺される……?」


 さすがにそこまで? こいつら、マフィアか?

 物騒な時代だったらまだしも、わりと生活水準も上がって魔王や精霊に対して人道的な配慮もされるこの時代で、明日の我が身を心配する必要があるこの組織って一体――。


「オレが会長に殺されるんだ……」

「会長って、あの黒い背広の男か?」

「そ、そうだっ。アーセナル・ドック・競走会の会長だ。あの方は……あの方だけは……裏切れない」


 肥満の男がひどく怯えていた。


「会長の名前は? 言え」

「……」


 肥満は震えた目を別の方へ向けた。

 天井近くの壁だ。


 そこに黒い背広の男の肖像画があった。

 コントラストが黒すぎて全然気づかなかった。

 その肖像画の下に名前が書かれている。


 ――ミクラゲ・バナナ。



 いや、名前。



「ミクラゲ……バナナ?」

「ひっ、声に出すことすら恐ろしい名だ……!」

「本気で言ってんのか?」

「ひぃい、許してくれ」

「シュコー……」


 どう言えばいいかわからず、ただ絶句。

 バナナだぞ。バナナ。芸名か?

 俺は無言で片手を挙げ、チョップするようなジェスチャーをマリノアに送った。

 マリノアも腑に落ちない顔をしていたが、俺の指示に従って、少し間を置いてから頷いた。


『ラーララーラーラ、ラーラララ~』


 部屋にセイレーンの新鮮な歌声が響き渡る。

 俺はかち割れそうになる頭を押さえて、耐えた。

 対魔性能の高い【狂戦士】でもこれか。

 この歌声はなかなか強烈だ。堪える。


「フゴォ……フゴォ……」


 肥満の男はすっかり寝てしまった。

 マリノアの催眠が効いた。


「どう? ばっちりでしょ?」

「さすがだ。俺も落ちそうになった」

「その時は私の豊満な胸に抱かれて寝ていいよ?」

「……。それはともかく」


 俺がスルーして話題を変えようとしたことに、マリノアは頬を膨らませて不服な態度を示した。


「思わず仕切り直したけど、なんだこいつ?」


 肖像画を指差す。

 ミクラゲ・バナナという背広の男が映ってる。


「肖像画あったんだ~。気づかなかった」

「この名前。ふざけんのか?」

「名前なんて人それぞれじゃないの?」


 まぁその通りだ。俺も人のこと言えない。

 そういうことじゃなくて、そんなアホみたいな名前を声に出すことすら恐ろしいと言う男の怯え方がどうかという話なんだが。


 なんか、このふざけた名前感、どこかで……。


「マリノアはこの男を知っていたか?」

「うーん。知らない。興味ないし。私、仲間のセイレーン以外に興味ないもの」

「そうか……」


 気持ちを落ち着かせて再び尋問に戻る。

 どっちかというと男から訊くべきことは他のセイレーンの居場所だ。


 知らないというなら知ってる人間が誰か尋ねる。

 レースやミクラゲの情報も洗いざらい吐かせる。


 【抜刃】の剣を肥満の男の腹に宛てがった。


「おい――」

「フゴォ……フゴォ……」

「おい!」

「んぐふぉ!?」


 肥満の男はぎょっとして飛び起きた。

 尋問ループだ。


「この状況、わかるよな?」

「誰だ、お前は? かっ、金が目当てか!?」

「金じゃねえって言ってんだろ!」

「ひっ、すみません」


 俺の恫喝に怯える男。

 セイレーンの歌は、前後の記憶を曖昧にさせる催眠効果もある。夢のように。

 肥満の男は俺に尋問された事実を忘れているし、起こせば再びやり直すことができるという算段だ。

 これで尋問に失敗しても、やり直すことができる。



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