44話 夜の海、煌めく海面と青 ※挿絵あり
マリノアは海に入ると、魔力が滾ったように体中から薄ら青く光を纏い始めた。
「ああああ……」
肌は瑞々しさを取り戻して、そうでなくても美しい黄金比の体型だった全身に、さらに豊満さや美麗さがアップした。
「やっぱり海って最高!」
マリノアは一気に潜水を始めた。
急に水面下に潜ったと思ったら、別の場所からイルカジャンプのように飛び出して水飛沫を飛ばした。
今のマリノアは何にも縛られていない。
あの姿が本来の彼女なんだろう。
やっぱり新しい家にも水深は確保すべきだ。
「ソードも一緒に泳ごうよ!」
マリノアが海面から手を振っている。
「俺には鰭がない。泳ぎについていけない」
「えー、この美少女カワイイ私と泳げるなんて光栄なことなんだよ?」
「なおさら遠慮しとく……」
「ぶー」
泳ぎは得意だが、海で遊ぶのは何か違う。
ここは三号の海だ。
セイレーンを助け出そうって話も、元々シールと遭ったときに恩を着せるためにやっている。
――【狂戦士】を発動させた。
「オオ……オオオ……」
黒い粘ついた魔力が体に纏わり、鎧となった。
遊びの誘惑に負けないための抵抗である。
「シュコー……シュコー……」
「うぉえ!? どうしたの、ソード?」
マリノアが俺の変貌ぶりに驚いた。
岸まで戻ってきて、岸辺となる堤防に身を乗り上げて俺を覗き込んだ。
「その姿……昔、母様から聞かされた黒騎士様の姿にそっくり……」
「マリノアの母親? 俺を見たことあるのか?」
「多分ね。全身黒のフルアーマーで、邪悪な呼気を吐き出す剣士様って呼んでたよ。アークヴィランに襲われたときに助けてもらったんだって」
「シュコー……それはいつ頃の話だ?」
「詳しく覚えてないけど100年以上前かな。結局、母様も別のアークヴィランに殺されちゃって、もういないんだけどね」
それは気の毒に……。
マリノアの母親は別の記憶を植えつけられる前の俺を知っていたかもしれない。
俺も過去にはアークヴィランと戦ったのか?
話が聞けないのは残念だ。
「ソードは私たちセイレーンの救世主なんだね」
「違う。シュコー……。人助けはもう懲り懲りだ」
「え? でも今だって私たちを助けようとしてくれてるよね?」
そう思われても仕方ないか。
事実、助け出すことには変わらないが、気持ちの持ち様が違う。
「まさかこの私の体目当てで!?」
「いつかそんな理由で誘拐してみたいもんだ」
「ドキ!?」
「冗談だからな」
両腕を交差して身を守る仕草をするマリノア。
すっかり元気が戻ったようだ。
「……逆にマリノアに聞きたい。どうして自分が不遇な目に遭ってでも同胞を助ける? アンタの性格的には、自由に生きた方が性に合ってそうだ」
率直な疑問だ。
自分が可愛い、美しい、綺麗だと誇張する自己顕示欲の強いマリノアが、それでも自ら犠牲になろうという心意気は何処から来るのだろう。
「うーん……そうだなぁ」
マリノアは唇に指を当て星空を見上げた。
考える必要があるほど無意識だったか。
「悲劇のヒロインって、やっぱりイイよね」
「自己満!?」
「はは、冗談冗談。あながち間違ってないけど」
マリノアは、こそばゆいように唇を動かした。
本心を語るのは恥ずかしいらしい。
「上手く言えないけど、誰かの為に何かするって気持ちよくない? 仲間の為なら猶更だよ」
「そんな幼稚な――」
「幼稚でもいいよ。偽善だって言われても、それで気分良くなれるなら、それをするのは私の自由だ」
「……」
自己満足のために自己犠牲に奔る。
それも一つの自由の在り方――。
献身的な性格の持ち主ならそれもありだ。
「ソードも私と似たタイプだと思うな」
「俺が?」
「うん。優しさが滲み出てる」
"あなたはどこか善性に満ちたオーラを感じます"
誰かさんにも第一印象で同じ事を言われた。
こんな暗黒騎士姿でもそう言われるんだから俺もいよいよ救いようがない。それもまた運命か。
「あっ、今ちょっと運命を感じちゃった?」
「ある種のな……」
「ふふふ、そんなに私が美少女って?」
「頼むから会話をしてくれ」
マリノアはセクシーポーズをしながら舌を出した。
ふざけるのが好きな女だ。
「でも今日はありがとね。こんなに思いっきり海で泳いだの久しぶりだよ。今夜のことは一生忘れない」
「大げさだな」
ちなみにセイレーンの一生は人間の3倍は長い。
……そろそろ戻る頃合いか。
ソファで居眠りしていた見張りの肥満も、ふとしたタイミングで目覚めるかもしれない。
ちょうど【狂戦士】モードだ。
尋問にかけるにはちょうどいい。
マリノアも力を取り戻したようだし、二人で協力して情報だけを引き出そう。
作中の挿絵は、本生公 先生にご提供いただきました。
ありがとうございます。




