42話 シーポート潜入調査
匠たちが日夜建築を頑張る一方で、俺も俺の得意分野を発揮することにする。
俺も匠になる。
基本、夜は作業を中断してDB、ヴェノムは峡谷でそのまま野宿。俺とシズク、プリマローズはラクトール村へ帰るという流れで日々作業を進めていたが、その日の晩は俺も峡谷に残った。
ひっそり夜中に抜け、港町へ徒歩で向かう。
アーセナル・マギア無しでも時間をかければ辿り着ける距離だ。
夜の港町に到着する――。
夜中はさすがの港も静かだった。
街灯だけが灯り、港の人々は寝静まった様子。
町の中でも一際目立つ鐘のある塔を登り、目を凝らして町の全景を調べた。
夜目は利く方だ。
じっくり見渡していると、とある大きな建物の看板に『アーセナル・ドック競走会』と掲げられているのが目に飛び込んできた。
……あそこだな。
俺は鐘つきの塔を降り、その看板のある建物まで忍び足で向かった。
灯りがついている。
窓が開けっ放しで、内部から音が漏れていた。
おそらくテレビか何かの音だろう。
「……」
耳を澄まして中の物音に意識を向ける。
――ごぉ……ふすぅ……ごぉ……ふすぅ……。
――…………ふー……。
大きないびきが一つ。
小さな呼吸音が一つ。
中の様子を推測するに、誰かがテレビをつけたまま居眠りをし、もう一人も息を潜めて大人しくしている様子だった。
よし、潜入しよう。俺は潜入の匠だ。
ターゲット不在なら居眠りしてる奴を尋問する。
情報はそこから引き出せばいい。
壁に手を当てて【潜水】を使い、壁を通過した。
水をくぐるように難なく通り抜けた。
部屋の中は、案の定、テレビが付けっぱなしになっていて、その前でソファに腰深くかけた肥満の男がいびきをかいて寝ていた。
こないだ賞品について説明した男とは別の男だ。
あいつに会いたかったのだが、『アーセナル・ドック競走会』所属の別人か。
ソファの後方に大きな水槽があった。
手入れが悪いのか、水槽はかなり濁っている。
そこに上半身を水槽の縁に投げ出して疲れ果てた見目麗しい半身半魚の女がいる。セイレーンだ。
もう発見できた。
我ながら運がいい。
「おい。聞こえるか……?」
小声でそのセイレーンに声をかける。
このセイレーンは確か港で値踏みにかけられていたアーセナル・ドッグ・レーシングの景品にされた子。
名前は――。
「――マリノア? おい」
「ん……んん……?」
彼女も名前を呼ばれて気づいた。
マリノアは疲れた様子で顔を上げた。
髪色が鮮やかに蒼い。
まさに海という印象。
「えっ……誰――」
「シッ」
俺はその唇を人差し指で押さえつけた。
小声で続ける。
「俺は、えーっと……エレノアの友達だ」
「姉様の友達?」
「そうだ。大丈夫か?」
エレノアとマリノアは姉妹だったのか。
よく見ると顔立ちが似ている。
エレノアは上品な貴族令嬢という感じだったが、マリノアはまだ垢抜けない少女の面影を残していた。
「そんなの絶対にウソ」
「本当だ。エレノアが氷の塔にいるのも知ってる」
「……怪しい」
マリノアは訝しそうに俺を見る。
絵画のように美しい少女に見つめられると、さすがの俺も若干緊張した。
「どうせこの世界一美しい美少女な私を狙って、連れ去ろうと忍び込んだ誘拐犯なんでしょう?」
「はい?」
マリノアは身を守るように両腕を交差させた。
「嗚呼、私ったら罪な女……。これほど多くの人間を魅了してしまうなんて。さすがワ・タ・シ……」
なんだ、こいつ。
自惚れるにも程がある。
見た目は本人も言うように美少女なのだが、性格が残念すぎて、こっちが恥ずかしくなる。
「でも人間さん? 私を連れ去りたいなら――」
「俺は人間じゃない。よく勘違いされるが」
「えっ、そうなの?」
マリノアは眉を顰めた。
容姿も生態も人間に近いが、俺は人間兵器だ。
根本的に在り方が違う。
「でも、どちらにしても私目当てでしょ?」
「まぁな。アンタを探してここに来た」
「ほら、やっぱり。……ふふふ、いいんだよ。これからは世界一美しい美少女セイレーン、マリノア様と呼ばせてあげる」
「はぁ……」
絶対に呼ばねえ。長い。
マリノアは俺との会話で気が昂って、最初の印象よりだいぶ明るくなった。それは良い事だ。
だが、同時に声量が――。
「ふごっ……ぐぉ……ぐぉぉお……」
肥満の男が若干いびきを荒くさせた。
俺たちの会話で目覚めかけたのかもしれない。
「ここはマズい。逃げるぞ」
ここに来たのは、セイレーンを誘拐するためだ。
新しい棲み処は完成しつつある。
棲み処と言えるかどうかは別だが……。
それも、そもそもセイレーンの安全を確保しなければ意味がない話。
真面目にレースまで日を待つ必要もないのだ。
シーポートに囚われているセイレーンを今のうちに連れ出してしまえば、後は知ったこっちゃねえ。
俺ももう勇者は辞めた。
王道の正攻法にこだわる必要はなく、悪い奴には悪事で返すって覚悟だ。
「それはダメだよ」
マリノアが俺の誘導を拒んだ。
「何故だ。逃がしてやろうって言ってんだ」
「えー、でも私ー、みんなの賞品だし?」
「……?」
マリノアは頬を両手で押さえて身をよじった。
なんで浮き浮きしてんだ?
え? まさかこいつ……。
「私を巡った男たちの熱いレースが催されようって言うんだよ? そんな大事なイベント逃したら人生の半分損するよ」
そういうスタンスか。
なんて残念な女だ。