41話 大改造劇的デザートシーⅤ ※挿絵あり
プリマローズとやってきたのは峡谷のさらに奥。
奥まった袋小路に穴倉が掘られていた。
「ここはなんだ?」
「この地を海に沈めた後、セイレーンたちはこの穴から潜って中を通れるようにする予定じゃ。来い」
洞穴を指でなぞって解説する匠。
彼女は目を輝かせて穴倉を掻い潜っていった。
るんるんとスキップしながら進んでいく。
最初はあれだけ嫌がったくせに、作業を始めると夢中になるあたり可愛いところがある。
小さな背を追い、穴倉をくぐった。
中腰で進んだ先、頭上に大きく穴が空いていた。
プリマローズは腕を伸ばして乗り上がり、頭上の謎の空間へと吸い込まれていった。
「よいせっと……」
俺も後を追ってその穴蔵に入る。
そこで仁王立ちでプリマローズは待っていた。
「見るのじゃ!」
万歳するように部屋全体を示すプリマローズ。
洗練された隠れ家的空間が広がっていた。
「おお……」
手作業で土木工事だけした様子だったが、それでも細部までこだわり抜いた内装なのは一目瞭然。
まず部屋の中心に噴水となりそうな堀がある。
さらに噴水中央には、鰭を投げ出して物憂げな表情を浮かべるセイレーンの彫刻があった。
それだけで十分凄いが、噴水周辺を囲うように同心円状に滑らかな台がいくつも突き出していた。
「匠さん、これは……?」
俺の勝手な呼称に戸惑うプリマローズ。
構わず俺は台を指差して、なんだと問う。
「……いやな、ビッチどもが海水を浴びながらうたた寝できるよう噴水とくっつけた寝台のつもりじゃ。アミューズメント感ある温泉施設をイメージした」
「ほう」
ここまでやるとは。
率直にすごい。
「さらに凄いのはこっちじゃ。この壁の窪みには大画面液晶を備える」
プリマローズは壁まで歩き、綺麗に切りそろえられた四角い窪みをぽんぽんと叩いた。
「下には家具をおき、ゲーム機本体も設置する」
「やっぱりゲームなんだな?」
「ビッチどもが妾にゲームで挑んでこれるようにしないとのう。さらにじゃ」
「……?」
壁を向きながら後ずさりする匠。
「液晶はちょうど噴水の寝台から眺められる角度。則ち、貴奴らは噴水で寛ぐうち、液晶とゲームが気になって気になって仕方なくなるのじゃ」
ゲーム廃人の匠は試しに寝そべって、うつ伏せの状態でゲームのコントローラーを握る格好を示した。
「どうじゃ? 奴らは噴水から流れる海水で養分を蓄え、横になりながらゲームもできる。そのまま寝ることもできる。贅沢の極み。完璧じゃろう?」
「……なんでそこまでゲームをさせたい?」
「妾の威厳を示すために決まっておろう」
「はい?」
プリマローズは起き上がり、噴水中央のセイレーンの彫刻を登り始めた。
その天辺にあたる顔面を撫でる。
「ここに無線アンテナを埋め込む。ネット環境さえ整えば、ラクトール村の妾と対戦ができようぞ」
「いや……だからなんで戦うんだよ?」
「妾がビッチどもを叩きのめす瞬間を実況し、世界中に配信するのじゃ。すると、セイレーンもお見それしましたと従えることができ、世界中に妾のファンも増やすことができる。一石二鳥じゃ」
「……」
そんなくだらない事の為に、こんな精巧な部屋を作り上げたのか。一人で。
「残りの設備は鋭意製作中じゃ」
「もう十分じゃねえ!?」
「まだじゃ。セイレーンをゲーム依存に引き込むまで妾は止まらぬ。ここはしばらく妾に任せてくれ」
「……」
引き籠りの匠は作業すら孤独だった。
目論見はどうあれ、実際に部屋のレイアウトやモニュメントとしての彫刻、断面の綺麗さ、どれを取っても、爆発一つで峡谷の魔改造をしてる表の奴らと比べたら職人技だ。
「まぁ、気に入ってくれればいいけどな……」
「必ずや堕落させ尽くしてやるのじゃ!」
匠は作業を再開し始めた。
俺はひっそりとその部屋を後にした。
プリマローズの野望が報われる日は果たして。
あらゆる思惑が交差する中、着々と峡谷の大改造は進んでいった。結局、その砂漠のど真ん中がセイレーンにとって理想郷となるか否か、それはセイレーンの反応を見てからになるだろう。
――さて、そろそろ迎えに行くか。
作中の挿絵は、本生公 先生にご提供いただきました。
ありがとうございます。