4話 廃墟神殿、そして砂漠
マモルとシズクを振り切って森を抜けた。
確か、前回の覚醒が五十年前?
封印の祠で、神官の一人が「前回の目覚めからまだ五十年しか経ってない」と言っていた。
長い時は魔王の眠りが百年、二百年なんてザラだ。
今回は確かに周期が短い気がする。
魔王も力の蓄えが不十分なんじゃないか?
「あれ?」
森を抜けた先の光景に違和感を覚えた。
以前の記憶では森の東側に神殿があった。
目覚めの後、まずこの神殿で神託を授かるのだ。
だが、神殿は朽ち果てていた――。
かなり昔に爆破されたようで、剥き出しの神殿内に蔦が這っている。
神殿の機能は別の場所に移ったのか。
――俺が眠りにつく前、神殿が爆破されたという記憶はないが。
しかし、懐かしいな。
記憶がない状態でここに連れてこられたときは、使命感に満たされ、魔王討伐に向けてクソ真面目に作戦を考えていた。
めちゃくちゃ意識高かった。
今の俺には黒歴史だ。
青臭い自分を思い出すだけで恥ずかしい。
「シュコー……シュコー……」
神殿内部の内壁をなぞる。
変だな。当時、神殿は第一級防衛拠点だった。
魔王軍が爆薬をしかけることは不可能に近い。
到達する前に殲滅されるのがオチだ。
――となると、これは内乱の痕跡か?
"爆破"といえば仲間の一人を思い出す。
まさかな。
神殿跡地を出て東を目指す。
しかし、ある光景を目の当たりにして絶句した。
神殿跡地の東側には砂漠が広がっていた。
「……嘘だろ?」
五十年前、ここは平原だった覚えがある。
地名は『東リッツバー平原』だ。
それがこんな短期間で砂漠になるなんて変だ。
特別な環境破壊でもない限り――。
悔しいが、今の俺では原因はわからない。
過去の記憶があっても現代では生まれたばかりなんだ。世界情勢もわからず、土地勘もない。
封印された仲間たちの祠の場所だけが足がかりだ。
「うーん……」
神殿跡地の外壁に背を預け、座り込んだ。
人間兵器とはいえ俺も人間的な一面はある。
砂漠で迷えば腹が減る。喉が渇く。
照り付ける太陽の下を歩き続けるなんて骨が折れそうだ。
さて、どうしたものか。
こうなったら現代の人間に頼ろうか……?
先ほど振り切ったマモルとシズクの顔が浮かぶ。
前回まで勇者権限で人間からたくさん"お恵み"があったが、こういう問題に直面すると勇者として崇められた人生で得していた事もあったのだと痛感する。
他人の家で勝手にタンスを開けても怒られないし。
「シュコー……シュコー……」
そうこうしているうちに、タルト聖堂騎士団がシールのもとへ先に辿り着くかもしれない。
何かしらの手段で封印を解くかもしれない。
あるいは目覚めさせられなくても、俺以外の勇者六人を一ヵ所に集めて対策を練る可能性はある。
「仕方ない!」
俺はシズクとマモルのもとへ戻ることにした。
この辺の村人なら砂漠を横断する手段も知ってるかもしれない。
ここはギブアンドテイクだ。
無償で魔王を倒すより、よっぽど健全だろう。
森に入り、二人に遭遇した辺りまで引き返した。
気配がダダ漏れで二人をすぐ発見した。
ちょうど休憩していたらしく、木の幹に背を預け、座り込んでいた。
「おい。お前たち」
「あっ」
声をかけると、マモルが驚いた。
「村を救ってやる。シュコー……。特別だ。ありがたく思え」
「本当ですか!?」
マモルが立ち上がって俺に駆け寄った。
シズクも立ち上がって後から俺に近づいてきた。
どちらもまだ子供だから身長が低く、俺を見上げるように首を上に向けていた。
――この光景、昔を思い出して嫌になる。
「ありがとうございます。騎士様」
「シュコー。だが、取引だ。俺はこの先の砂漠を渡りたい。村を救う代わりに砂漠を渡る方法を教えろ」
「砂漠ですか……」
シズクは目を逸らした。
「実は、そこの砂漠も相談事に関係しています」
「なんだと?」
平原の砂漠化はやっぱり異常現象だったか。
そりゃそうか。五十年で砂漠化が進むのは変だ。
前回の魔王討伐の時、この辺りは深緑が生い茂っていたはずだから。
「シュコー……。俺は大抵の脅威には打ち勝つ自信がある。村がどんな魔物に襲われてようが、ぶっ倒してやるぜ」
空打ちでワンツーをかました。
マモルは俺を見上げ、羨望の眼差しで見ていた。
「で? 俺は何をすればいい」
時間がないんだ。
早く村の危機を救ってシールに会いに行く。
「では、まず村で魔王に会ってもらえますか?」
「おーし。いいぜ。魔王に――」
聞き違いだったか?
「は? 魔王?」
「はい。魔王です」
「魔王って……魔王だよな? あの」
「"あの"魔王です」
「シュコー」
間抜けなタイミングで鎧の排気音が入った。
初っ端から魔王退治……?